好き好きクロスカウンター
「はいこれ
「え、何これ?」
「カウンター。その出っ張ってるとこ押すと1個増えるから」
「おー! なんか気持ちいい。で、何これ?」
中学校に向かう通学路の途上、再び私は幸代に訊ねた。
「あのさ、私たち
「う……うん」
私は思わず周りをきょろきょろ見回す。が、心配せずとも田んぼの脇の小径には、私たちの他には誰もいない。聞いているのは蝉くらいなものだ。
「でさ、どっちの方が好きか測ってみようと思って買って来た」
「え、どこで」
「ダイソー」
「へー、じゃなくて。聞きたいのどこでじゃなくて、何で? だった」
「なんでって言われると困るけど、ダイソー行ったらカウンター見つけて、ふっと思いついたの。あっこれ早奈美と数えるための奴だって」
「なにそれ。変なの」
私は笑ってカウンターをカチッ、カチッっとやった。2、3。小気味よく数字が変わっていく。
「ルールはね、今日1日で、敦くんの事を『あ、好きかも』って思ったら1回押すの。それで帰りに見せっこして多い方が勝ち」
「『かも』レベルでいいんだ」
「うん。だって学校で『超好き』レベルまでいくのヤバいじゃん」
「それはある」
「でしょ。じゃあリセットして。勝った方が敦くん好きね」
「わかった。リセットってどうやるの?」
幸代は自分のカウンターを取り出すと、斜め横あたりについてるスイッチを指さした。頷いてそこを押すと、スラッと控えめな音がしてゼロに戻った。
ここだけの話、私はそんなには敦くんの事を好きじゃない。確かに、野球部のくせに他の男子と違って落ち着いている敦くんは、いいひとだな、とは思う。でもそれだけだ。
勉強もそこそこできるし、皆に優しくてお笑いが好きなところは、一緒にいれたら楽しそうだな、とは思う。それだけだ。
それよりも、夢中になっている幸代に合わせるような感じで、行き掛かり上、ついつい「私も敦くんいいと思う」と言ってしまったのだ。
その日から、私の「敦くんのいいとこ探し」の日々が始まった。一生懸命幸代の気づいていない敦くんの一面を掘り出しては、登下校の道すがら、幸代と「敦くんのいいとこ上げゲーム」をしてはキャーキャー言っている。正直、敦くんを敦くんとして扱ってないみたいで、ちょっと悪いかなと思うくらい盛り上がっていた。
でも、最近はネタ切れ気味で、野球部で敦くんと二遊間を組んでいる
最初、修は意外そうに「お前敦のこと好きなの?」と聞いてきたけれど、幸代に断りもなく「違うよ幸代だよ」というわけにもいかない。私はヘラヘラしながら「いや、まあ……」とか言ってごまかしている。
修の情報はさすがにコンビを組んでいるだけあって、私たちの知らない物ばかりだった。私は喜んで修にお礼を言うのだけど、修の方は決まってちょっと不機嫌だ。きっと敦くんの事を裏切っているみたいな気分になってるのだろう。修もいいやつだ。修カウンターがあったら、1回カチッと押しているところだ。
そんなわけだから、この勝負は私にはちょっと分が悪い。だって、実際はそんな好きじゃないんだから。幸代には内緒で、「幸代っておもしろい」カウントをしようかと思ったけど、それはフェアじゃない。かといってカウントが少なすぎても問題だ。幸代には勝てないまでも、けっこう肉薄して惜敗するくらいのカウントが望ましい。むむむ……。
どうしようかなあ、と考えている内に私たちは校門前まで来ていた。そこで幸代に肩をトントン叩かれた私は、ハッと我に返って前を見る。そこには朝練が終わってグランドから引き上げてくる敦くんと修がいた。
慌ててカウンターを手の内へ隠すと、敦くんが爽やかに笑って「おはよー」と言ってきた。私と幸代はぎこちなく「お、オハヨ」と返す。
そのとき、2つのカウンターがカチリと鳴った。私は幸代の顔が見れなかったし、幸代も私の顔は見ていないと思う。
傍らでは、修が訝しげな様子でこちらを見ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます