第4話 天正十四年 七月
岩屋城の広間において、私は何度目かの説得のため甲冑に身を固めた父上と向かい合う。
「統増、答えは同じだ。わしはこのまま岩屋城に籠城する。いいか、高橋家当主として命ずる。お前はこのまま宝満山城を守り、上方からの援軍を待て。」
父上、島津の大軍が北上しておるのです。物見の兵によると間もなく二万の兵が押し寄せてくるとのこと。せっかく兄上が気を使って「どうせ籠城するならば共に立花山城で」と言ってきているのでしょう?
「ならぬ。筑紫殿の勝尾城が落とされた今、岩屋城と宝満山城を捨て置けば博多の町は島津の足軽に蹂躙されるのは火を見るより明らか。立花山城は確かに堅城ではあるが、博多を守るには少々引っ込み過ぎている。お前たちも羽柴さまの九州征伐後に博多の町衆から恨まれたくはあるまい?」
それはわかりますが、このまま待てばさほど兵の多くない岩屋城が真っ先に奴らの標的となるのです。まさか父上は城を枕に討ち死になさるつもりではありませんか?
「……。」
城には蝉の鳴き声が響いている。父上は腕を組み、ため息をつくと再び口を開く。
「…わしは死ぬるつもりなどないぞ。精々島津を引き付け、引き延ばし、攪乱して羽柴様を待つ。」
であればわざわざ母上を宝満山城に送ってきたのはなぜですか!ここが流血の
「…これ以上は言わんぞ。お前も宝満山城に戻り、急ぎ守りを固めよ。」
父上は不機嫌そうに甲冑を鳴らして立ち上がった。またも説得失敗である。
父上の言うことはいちいちもっともなんだが、此度は相手が悪すぎる。薩摩の兵は今や九州の南半分と肥前を完全に抑えている。関白軍が来る前に九州をすべて切り取るつもりだろう。加袮の御父上も勝尾城を落とされたのち行方をくらましているそうだな。
「ええ、心配です。父上の事ですから、なんとか生き延びていることとは思いますが。残った筑紫の兵もこの宝満山城に落ち延びてきています。きっとなんとかなりますよ。」
この良くない見通しの中、加袮の明るさに救われる思いだ。本当になんとかなりそうな気がしてくるのは不思議だな。私が単純なだけかもしれない。
とりあえず母上と加袮だけでも立花山城に受け入れてもらえるよう、兄上に話はつけてある。私も父上の気持ちはわかるから、無理に父上を連れていくことはできんのだ。はからずも軍神・高橋紹運と気持ちが通じた気がした。
「ところであなた様。」
どうした加袮。
「私は立花山城には参りませんからね。」
は?今なんと?
「どうせ義父上さまと同じように私を立花山城に送ろうとしているのでしょう。あなた様はご自分が思っているよりもずっと義父上さまとそっくりなんですからね。ご無理なさらぬよう見張っておかなくては。」
お見通しか。加袮の千里眼には降参だ。兄上には母上のみよろしくと文を書き替えないといけないなぁ。
父・高橋紹運は島津軍二万を相手に半月の籠城ののち、総攻撃を受け腹を召された。享年三十九であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます