第3話 天正十四年 二月

 冷え冷えとした岩屋城の広間。目の前にはかつての仇敵の娘がいる。と言っても戦場いくさばの話ではない。いや、ある意味では戦なのか。父上ですらこの展開は予想していなかったようだ。


 筑後攻めは年を越えても長引き、陣中において病を得た戸次道雪さまは帰らぬ人となった。いかに武略の達人、雷神の化身と恐れられた大友の柱石も病には勝てなかった。とてつもない天才を失った悲しみと共に、なぜか不思議にもほっとする自分がいた。ああ、あのお方もまた我らと同じ只人であったのだと思うことに罪悪感を感じていた。

 道雪さま死去を好機と見た筑紫広門つくしひろかどは、軍を率いて私がいた宝満山城を奪い獲った。山伏に変装した兵に気付いた時にはすでに遅かった。

 私は母上と共に炎上する宝満山城から脱出。岩屋城に退き、筑後から引き上げてきた父上と合流。父上は道雪さまの遺骸を立花山城に送り届けるとすぐに取って返すと宝満山城を奪回。筑紫勢と相対することになった。

 道雪さま亡き後、府内の大殿はかねてよりよしみを通じていた関白羽柴秀吉さまに九州平定を奏上し。これを認められた。事ここに至って、羽柴と島津の激突は避けられない状況となった。このままでは本領安堵も危ういと見た筑紫広門は驚くべき行動に出た。筑紫家の姫加祢かねと家老の筑紫六左衛門、それに身の回りの世話をする女中の三人だけで岩屋城に乗り込んできたのだ。


 広間で初めて見た加祢殿の印象は平凡であった。立花の義姉上あねうえとは違うと思った。義姉上は男勝りな凛とした美人であるが加祢殿にはそのようなところはなく、柔らかい雰囲気と言えばよいだろうか。私から見れば従姉にあたるせいか、目元が母上に似ている気もする。父上が着座すると六左衛門と加祢殿は座ったまま低頭した。

 「紹運さま、此度は御目通りをお許しいただきありがとうございます。それがしは築紫左馬頭さまのかみ広門が臣、六左衛門にございます。こちらは左馬頭の娘、加祢姫にございます。

 これまで当家は高橋家と争っておりましたが、この度の内府様鎮西平定を契機としてなんとか和を結べないかと。ついては高橋のご嫡男統増さまと加祢姫さまの縁組をというのが左馬頭よりの申し出にございます。虫の良い申し出とはお思いでしょうが、なにとぞよろしくお願い申し上げます。」

 「六左衛門殿、加祢姫殿もおもてをお上げくだされ。そもそも我が室と広門殿の室は実の姉妹、領地争いさえなければ我らは本来一族も同然の間柄です。これよりのち共に大友を支えるあかしとなるならば、当家としてもこの縁組に異存はございません。統増もそれで良いな?」

 はっ、ありがたくお受けいたしますと答えて加祢殿を見ると、加祢殿はぱぁっと花が咲いたかのような笑顔になった。


 実を言うと一つだけ疑問がある。なぜ私を選んだのか。和議の証の人質であればむしろ府内の若殿の方が扱いはより良いのではないか。

 初めて二人きりになった寝所でそう問うと、加祢は頬を膨らませて答えた。

 「私は統増さまが良かったのです。そのようなことを仰せにならないでください。」

 あっはい。なんだか熱い告白をされてしまった。

 「私、実は統増さまと一度お会いしているのです。統増さまが元服した時、道雪さまに取られた統虎さまより与し易しと侮った父上が、紹運さま筑後出兵後の岩屋城に兵を出したことがございました。」

 ああ、あの時の事か。でもあれは偵察だけだったのだろう?

 「とんでもない!あの時の父上は本気で岩屋城を獲るつもりでした。しかし前線で槍を振るい兵を鼓舞する統増さまの獅子奮迅の活躍を見て自分の判断の誤りに気付き、兵を引いたのです。

 私はあの時父上に無理を言って着いて行きました。筑紫の兵を蹴散らす統増さまの武者振りは見事でございました。」

 あの時のことを思い出しているのだろうか、うっとりしている。この姫、何気にとんでもないじゃじゃ馬だ。

 「確かに義父上や義兄上の天才的武勇は広く知れ渡っておりますが、いまだ十五歳とは言え統増さまの武勇とて素晴らしいものなのですよ。ご自覚がなかったのですか?」

 はい。


 その夜は2歳上の従姉殿にいろいろと褒められることになった。最後が気持ちよかった(小童並みの感想) 。

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