第2話 天正十二年十二月

 今日、岩屋城にはこの冬初めての雪が降った。兄上が誾千代さまと夫婦になられてから3年。まだお二人の間に御子は産まれぬが、兄上のご活躍はこちらにも届いている。

 今年の春に肥前の龍造寺隆信が島津勢に討ち取られて以来、筑前・筑後では島津に鞍替えする国人衆が相次いでいた。これらを平定するよう豊後府内の大殿から筑後攻めの命令が届き、父上と道雪さまは大軍を率いて出陣していった。

 それを待っていたかのように秋月種実あきづきたねざねが八千の兵で立花山城に襲い掛かった時、兄上は留守を守る兵わずか千程で夜襲・奇襲を駆使して追い払ってしまった。さすが兄上、「戦の天才か、軍神の申し子か」と立花譜代の家臣たちからも頼りとされている。

 私だって元服して名を統増むねますと改めて以来、父上と共に出陣して大友に盾突く国人衆の平定に力を尽くしてはいた。しかし兄上ほど派手な戦を勝っているわけではない。幸いなことに家臣たちの働きのおかげでこれまでかすり傷一つ負ったことはないが、兄上の戦果には比べるべくもない。

 今も此度の父上の筑後平定に伴い岩屋城の留守居役を務めているが、秋月勢の失敗を見た他勢力は様子見を続けている。おかげでここ岩屋城も時々筑紫広門つくしひろかどあたりの国人がちょっかいをかけてくる程度で済んでいる。

 父上からは、道雪さまと共に陣を敷いたまま年を越す旨の知らせが届いている。

 曰く「道雪さまはすでに古希を過ぎているのでお体を労わるよう進言してはいるが、『此度の筑後攻めが成った暁には、統虎と誾千代に任せていくらでも休むわい。それまではまだまだ休んでなどおられん。』と聞く耳を持たないので困っている。」とのこと。さすが道雪さま、いつまでもお元気でおられる。

 ただ筑後川下流域は水路が入り組んだ低湿地が広がるために、さすがの父上と道雪さまも攻めあぐねているそうだ。特に柳川城がことのほか守りが固く、難儀しているとのことだ。あまり長引くと士気にかかわるものの、府内からの軍が大殿への報告を理由に引き上げてしまった。とはいえ招集されたこちらはそれを理由に勝手に引き上げるわけにもいかず、兵を鼓舞する毎日だと。

 父上からの手紙は「年明けに府内からの援軍が到着するのを待って、龍造寺・鍋島・筑紫・秋月ら反大友連合軍と雌雄を決するつもりだ。田植えまでには岩屋城に戻りたいものだ。統増も油断なく城の守りを固めて母上を良くお守りせよ。」と締めてあった。

 先日偵察に来た筑紫の兵を蹴散らした報告と父上の無事を祈る返事を書き、母上の作った綿入れと共に補給のために送り出す荷駄隊に言づけた。

 この冬はことのほか冷えそうだ。私は厚く垂れこめた雪雲を見上げ、父上と道雪さまの無事を祈ることしかできなかった。

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