先達
柚木山不動
第1話 天正 九年 八月
まだ薄暗い明け方、岩屋城に
高橋家の嫡男であった兄上を立花家の養子にするというのは道雪さまたっての頼み事で、父上も断り切れなかったそうだ。確かにいつも怖い顔をしている道雪さまが、同じ大友の武将とは言えずっと齢の若い父上に頭を下げるなど、想像することすらできない。日頃は道雪さま同様に戦の天才、猛将で鳴らしている父上も、
「あの道雪殿が『
と、ついには根負けして兄上を養子に出すことにしたそうだ。
「よく聞け統虎よ。これより後は道雪さまをまことの父と思い、立花のために忠孝を尽くすよう心せよ。お前にこの先祖伝来の剣を渡す。もし万が一、立花と高橋が敵味方に別れるようなことがあれば、これでわしの首を獲れ。また日々の努力を怠り道雪さまに見限られた時には、これで自害せよ。立花でダメだったのでおめおめと高橋に戻ってきました、などこのわしが絶対に許さぬぞ。よいな?」
兄上の隣で聞いていて、父上はなんと激しいことを言うのかと内心気が気ではなかったが、兄上はにこやかに答える。
「そのようなことがないよう、誾千代殿と力を合わせて立花を盛り立てて参ります。それに高橋には弥七郎もおります。立花と高橋が力を合わせて当たれば、周辺の国人衆もおかしな真似は出来ぬでしょう。ご安心ください。
のう、弥七郎。お前の歳ははまだ
はっ、お任せください。兄上に負けないよう勤めます。高橋はお任せくださいと答えると、父上も兄上も満足げにうなづかれた。
とは言うものの、道雪さまも父上も戦の天才である。以前兄上に剣の稽古をつけていただいた時にも兵法書を解説していただいた時にも感じたが、兄上もおそらくは天才と呼ばれる部類の人間であろう。
果たして私はどうだろうか。これまでは高橋の家督を継いだ兄上をお支えする立場で、高橋の家を盛り立てていくつもりだった。それが突然自らが高橋を継ぐ立場になってしまった。
一体自分はどれだけ頑張れば兄上たちと肩を並べることができるのだろうかと思うと、いまだ元服前の私は縮み上がるような思いで気が遠くなりそうだった。今背中に流れた汗はおそらくは残暑のせいではないだろう。
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