一週間目.『選別』

午後

 雲一点も流れていない青い空の下。


 無数の人々が顔も上げずに、歓迎を浴びながら、周りの群衆をかき分けて城門に向かっている。近くで見てると、動いている人は皆手と足の首に鎖につながれ、同じ方向に歩く男性たちだった。


 「――!」

 

 うるさいほどはしゃいでいる群衆と、ただただ沈黙を守っている行列。


 二メートル程離れている間には、微妙に流れている緊張感が確かにあった。が、誰一人もそれに気づいていない。それところか、目の前で行われている大イベントに五感モダリティーをのっとられ、狂喜に憑かれたように微笑んでいる。ただ眺めるだけでも目が狂ってしまう光景が、町中を圧倒する。

 

 「お前ら、簡単に死ぬなよ!」


 「汚いやつめ!逃げるなら今のうちだぞ!」


 「左手が斬られたら!その左手を右手で握って戦え!」


 「怯えて震えるがいい!ありがたく思えるがいい!」 


 一方、反対側にもまた違う行列が同じ方向へ歩いている。彼らは普通の格好で、集まった人々から熱烈な歓迎をうけながら目的地に向かった。


 「南の連合、フィリスティアはとこしえに!永久に栄えいや増せ!」


 「進め!戦え!そして蹂躙じゅうりんせよ!」 


 「神よ!彼らに英雄になれる祝福を!死なない兵士になれる力を!」


 「この先にいる全ての敵に恐怖を!我らには遊興を!」


 兵士になる人々は置いて、周りにいる人々が代わりに興奮しつつ、今日のイベントを楽しんでいる気がした。まるで、これはあくまでもイベントであり、主人公は別のところにいるみたいだ。


 歓迎されても顔色は一緒だ。例え罪を犯した罪人たちだとしても、兵士になれるこの瞬間を素直に喜べない。それもそうだ。兵士になることは一番死に近い職業で、殺す立場も殺される立場もできる。


 はっきり分けていない警戒線を毎日行きつ戻りつしたら、愉快には人生を終わらせないだろ。むしろまだ外側の光すら浴びてない赤ん坊の死がましだ。もしくは強盗に夫が殺された哀れな人妻の方が幸せかも知らない。


 「おおおっ!歓迎するならもっと大きくうたえ!俺様は――」


 群集に向けて男性一人が叫びだした。彼はつやつやと筋肉質の、すでに兵士の体をしている男だった。鎖さえ引き切ってすぐでも駆け込む勢いで、自分たちを見つめる連中をおどかした。


 「臆病のお前らの代わりに兵士になるんだ!お前ら、聞いてんのか!」


 「連合フィリスティア!万歳ばんざい!」


 「フィリスティアの王にも栄光なり!」


 しかし、彼の叫びは大勢の歓声かんせいに埋められた。雰囲気に酔う人の耳元には届かない。まさに無音の世界。音が音を喰って喰って、喉の奥まで飲み込む。

 

 「――!」


 何よりも今日は祭りの日だ。ぐっしょりと汗をかいた人々が海辺に近づく津波になる。目を閉じていると、人肌から分泌する体液は塩味の臭いがすると勘違いしてしまう。


 想像してみろ。海の中で足をばたつく一人の人間は、一線にも見えない点とになる。興奮している人々の目と耳をつかまえるには、酒と女に負けないほどの刺激が必要じゃないかな。

 

 言わば、殺戮さつりく悲鳴ひめいが豊かになる戦争と言う祭りがある。群集も無意識的にそれを求めているから、彼らを歓迎しているかも知らない。


 ここは地中海にあったとある連合フィリスティア。隣の国と戦乱中にある歴史の流れで、国の利益のために兵士を集め続けている。目的は違ってもこの祭りに寄って来る人は、仕方なく一つになる運命と向き合う。


 いよいよ、二つに分けていた行列が一つになって城門を通った。




 ◇◆◇



  城門の外側。シンの荒野がはるか地平線まで続いた。風が砂を撒き散らして道もとっくにいなくなった。

 壁の影が長く垂れて涼しい風が吹いてた。さっきまで聴こえた祭りの響きは、どんどん小さく消えてゆく。街からちょっと離れただけで、今までの世界と別れを告げられた現実が広がった。

 

 「ここからちょっと歩くから、皆ちゃんとついて来い!」


 先頭で群をひきいる人が大声で叫びだした。黒い馬に乗ってピカピカと光る銀色の鎧かぶとに身を固めた姿は、緩んだ空気を一瞬体に染み付いてもいない戦場の緊張感を呼び覚ませた。

 

 兵士は不愉快そうに眉根にしわを寄せた。それに威圧的に上から目線で歩く人を見下ろしている。あれは戦略なのか、それとも元々生まれつきなのか。無駄に腰の横にぶら下がっている剣が目にありありと浮かぶ。

 

 「私たちはどこに行くんですか?」


 「誰だっ、情けない質問をしたやつは!」


 声が聴こえる方向に手綱たづなを取ると行列の動きが止まった。

 一人だけぽつりと置いて円を成す。中心にいる人は、全般的に細い体をして震えていた。素直で分かりやすい若者には色々聞きたいことがあるらしい。

 

 「何故、町の外に出て荒野を通らなければならないんですか?」


 一斉に多くの人が顔をじっと集めた。小鳥のようにこたえを欲しがる瞳をして、キラキラと輝いた。

 

 「君、右の行列にいたやつか!なら、ここに来た理由は知っているはずだが!」


 「知っていることと違うから、将軍しょうぐんに聞いたんじゃないですか」


 「俺は将軍ではない!訓練を担当している下士官かしかんだっ!」


 「下士官――ですか。まぁ、いいでしょ。とにかく、お父さまと連絡を取りたいですから、連絡用の鳩を出してください」


 「連絡用の鳩を君に?」


 「『君』じゃなくて、『ヤコブ』です。いくら兵士の上官でも、人を無視する行為は止めてください。後は――」

 

 言った。

 ついに言ったのだ。

 ずっと最初から心の中にあった言葉を代わりに言ってくれた。せめて連絡用の鳩がいれば、何とか今の状況を他派できる。


 「兵士でも名前は必要です。私は人間以下の扱いをされるために入隊したんじゃない!いくら義務でも、最小限の権利を行使したいです」

 

 ヤコブと名乗った男は腕を組んで相手の返事を待った。ともに周りでまだ名前を知らない人々も一緒に次の会話が続くことを見守っていた。


 「ほぉ、色々知っているね。ヤコブ」


 急に声が変わった。


 「いい度胸じゃないか。好きにしろ、ヤコブ」


 「そうさせてもらいます」

 

 ヤコブを中心に連絡を取ろうとする顔が揃った。ほとんど貴族の家系から支援した若者たちだった。服も派手に紫色に染めて、かなり金になりそうな最上品だ。


 「ふん、世間知らず坊ちゃんどもめ。死ねばいい」


 「ヤコブ……、絶対戦場に出たら最初に殺してあげるわ」


 「俺もだ。先に手足を斬ってバラバラにするさ」 


 後ろから小さいざわめきが聞こえてきた。鎖に結ばれている人々には発言すらできないのかと、一人一人が不満を呟いたのだ。


 「おい!俺たちには何かないのかよ!俺たちにもその……何だっけ、権利とかはあるだろ」


 薄汚い服を着ている中年男が調子に乗って声を高めた。


 「権利?」


 「あの貴族様があるなら、俺たちにも連絡を取る権利はあるだろ。こっちにも連絡用の鳩をよこせ!」

 

 背後で怒りの声が高まった。心の動揺を押し隠して顔には出さない。かと思った下士官が腰に差していた剣を一気に取り出して斜めに横切った。赤い線が綺麗に滑り、やがて地面に鈍い音とともにあれが落ちた。


 「兵士の権利とは何だ」


 血が刃に塗れて流れる。隣にいたヤコブは血塗れになり、死蔵が弾けるまで悲鳴を上げた。それをじっと見ていた行列は目玉は大きく、顔面蒼白がんめんそうはくで震えながらも拳を握った。

 

 「兵士の権利は、『死地におもむく兵士に与える名誉の印』。それを、まだ兵士でもなんでもない君たちに与えたら軍法に反する犯罪となる」


 下士官が平然と自分のハンカチを出して剣の血を拭いた。

 

 「だけど一度兵士になると決めた君たちにも機会チャンスは必要だろ」


 「――」


 「さて、次は誰が兵士になる栄光への道を歩く。君か?君が出るか?」


 適当に剣を前に出して人を指す下士官に対して誰一人も応じない。応じるより後ずさりに引っ込む。


 「この先、誰でもいい。俺に勝つやつには願い事を一つかなえてあげる。もちろん、同じ兵士として勝負をするから心配する無用だ」


 あれは冗談に過ぎないと、そこに集まっていた人は皆思った。

 常識的に下士官は戦争の中でも直接に兵力を指揮するため、基本的に4年間は実際戦闘経験を積む。基礎体力から剣と槍投げの学びまで。一般的に知られているより、知られていない部分が多いから、ある意味で未知な道である。

 

 しかも相手は下士官だ。

 下士官は、兵士の上にある位、つまり戦闘による経験レベルが、兵士よりも遥かに高いのだ。

 兵士として三年、また訓練を四ヶ月くらい受けたら、やっと下士官になれる資格を連合から貰える。もしくは戦争でお手柄を立てたら、一気に一級昇進できる。

 けど、今はどうでもいい話だ。

 

 「その話は、少なくても馬から降りてから話したらどうだ」

 

 ショックで顔をおおったヤコブの後ろから彼が現れた。どこか聞いたことがある声だ。

 

 「君は?」


 「元連合フィリスティアの兵士として戦った者だ!」


 下士官はチラッと元兵士だと紹介した男の様子を察した。 


 「勤めた所属を教えろ」


 「対イスラエルの戦争に、戦士ゴリアテと一緒に参加したと言ったら分かるかな?後輩さん」


 「ほぉ、あの有名な戦争に参加した経験がある兵士か」

 

 戦士ゴリアテの名前が出たら、行列が騒ぐ。意気揚々いきようよう昂然こうぜんたる面持ちで過去の所属を話した理由はこれか。

 下士官は海から降りて元兵士の前に立った。近くで見ると鎧が光って目がまぶしかった。立っているだけでも連合の将校しょうこうから重々しい振る舞いに気が押される。


 「過去の亡霊のぶんざいがこの世に何のようだ」


 「亡霊呼ばわりは止めとけ、まだこうして生きているのではないか。そうだ、まだ信じていないだろ。何ならゴリアテとあった話でも――」


 荒野の風が砂を撒き散らして目に入った。ちかちかと痛みで視野が黒くなる。


 「次は舌の根のかわかぬうちに絶やしてあげる」


 「うっううううっ……」

 

 暗転。声だけが耳元に響いた。

 光が戻ってからは、随分状況が変わっていた。いつの間にか下士官は馬に乗っていて、元兵士は口を塞いで血を止めて、激しい怒りと苦痛に顔をゆがめた。

 貴族様も、元有名な兵士も。下士官の前では膝を折った。

 権利を云々するにはまだ程遠い。


 「急いで歩け。見方が敵の手に死ぬまで待たせるな!」


 「はい――」


 「声が小さい!それで敵が怯えるとでも思ってるか!もっと大きくしろ」


 「はい!」


 「皆は一つ、一つは皆と思え!それが兵士至る者の心構えだっ!」

 

 初めよりは、確かに一つになった動きだ。血を流し、苦痛で苦しむ場面に人は弱く権力に従うしかあるまい。権利よりは権力に、人は反応するものなのだ。


 「ミカエル!死体はおいて、生きた者は背負ってでもつれて来い。根性が足りないからやつらには、特別に訓育が必要だ」

 「はっ!」


 兵士になる道はまだ始まってもないのに、今から特別扱いは苦しいものだ。

 前に進む行列を空で眺める一匹のハゲワシ。太陽に小さな一点の影を作って、獲物が倒れることをゆっくりと待ち続けている。


 



 


 

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