第17話

それ以降は雨が降らない日々が続いた。


一時的な異常気象であったのだろうか。

雲を払いのけ輝いている星をベランダのガラスごしに見つめる。

あの逢瀬から二日になり、未だ熱はピークより下がったとはいえ微熱を残している。

幸い折部の住居の周辺には大きな道路が通っておらず『ガキ』の喧騒もない。

手にしていたマグカップをデスクの上に置き、本の整理に手をつける。

漢字辞典やら英和辞典、その他にもことわざ集といった

いかにも文章を作るときに片手も持てるようにというレイアウトだ。

ついでにぱらぱらとめくって読んでいると漢字辞典の1ページから何かが落ちた。


拾い上げてみるとそれは、わら半紙に描かれた地図だった。


「(また懐かしいものが…こんなところに入れてあったのか)」


その地図に懐かしみを感じながら机の上に広げる。


白鐘帯と名付けられたこのあたり一帯は13の地区からなる場所である。

アッシュとの直前の仕事で行った秋雨町、

ジュアンがある虹倉町、そして仲間はずれを捕らえた風早町。

息子の頼人と会った雹道…。

ところによって勿論土地状況も違う、

例えば折部のいる雪見町は少々収入の良い層がほとんどのベッドタウンである。

飲食店はあまり他と比べると多くはないが少なくもない。

住居の密度はそれほど高くはないが住みやすい平坦な土地であり、

スーパーマーケットも不自由ない程度に点在している。

近年のうちに土地や不動産の価格があがるとみられている。

実は今は定期的に白鐘帯から『ガキ』の滞在分布図が配信されている。

表は滞在分布図なんていっているが実際の折部の受け取り方は違った。


折部はペン立てから適当に三色のペンを取り出す。

地図上のインクがかすれて薄くなった字の上から3色をつかい分けてなぞっていく。

まるで子供のようにがむしゃらになぞった後、地図をもう一度見返す。

その時だった。


-ピンポーン


家のチャイムが鳴る。

おかしいな、と首をかしげる。

このマンションはそこそこの警備システムがある。

その1つにエントランスに鍵のかかったドアがあり、鍵を持っていなければ中の住民をインターフォンで呼び出して解錠してもらう必要がある。今鳴ったのはこの部屋の玄関についているチャイム。

勿論だが、さっきインターフォンを受けたつもりはない。

最悪の展開を考えていたとき、もう一回チャイムが鳴った。

折部はキッチンに置いてあった包丁を後ろ手にして玄関のほうへ歩いていく。

割と躊躇なく歩いてドアをあけた瞬間だった。


喉元に衝撃を感じたと思った瞬間、気がつけばフローリングの床を見ていた。

一瞬ではあったがその犯人が鍵を閉める音がしていたのは覚えている。


腰のあたりに重圧を感じていることと、包丁を持った右手を後ろに拘束されていることから今自分はうつ伏せで誰かに馬乗りで取り押さえられているということか。


なんだか犯罪者にでもなった気分だ。

そう思って包丁を持つ手を解こうとちょっと抵抗してみると。


「んだこれ、お前ヘマでもしたのか。」


聞きなれた声だった。

ここ数日、聞いていなかったがそれでも聞きなれた。

外国人にしてはやけにうますぎる日本語を話すハスキーがかった声。

気の知れた人間に対しての安堵と、それ以上に熱がぶり返したのか意識がぼやけて


すぐに記憶が飛んだ。

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