第16話

マンションのドアをあける足取りはふらふらで不安定だった。

家に戻った折部はすぐさま玄関へと倒れた。


頭がくらくらしてぼーっとする、顔も火照って気が気じゃない。

ウサギの頭を入れていた袋が横倒しになって手を伸ばす。

が、少しずつ視界がぼやけてきた。

おそらくここ数年の不健康な生活リズムも相まって抵抗力も落ちているのだろう。さっきかぶったいろんな液体が体温をうばっていっていたようだ。


体の震えがひどい。


余力を振り絞って立ち上がり、ベッドのほうまで歩く。

とりあえず着替えようとジャケットを脱いだところで再び膝がくずれた。

運良くなのかふかふかのベッドが折部を受け止めた。

仰向けに倒れたおかげでぼんやりとした意識はまだ保ってくれているようだ。

普段横向きで寝ることが多いのでこの体勢で寝るという感覚はほぼない。


ふとずきっと痛みを左腕に感じて左腕を掲げてみてみる。

窓ガラスを割ったときやらさっき刃物を持った手を受けたときにできたらしい、

いくつかあざやら細かい切り傷が浮かび上がっている。

ベッドの隣に置いてある救急箱に手をのばしてみる。

なんとか届いた、そこから消毒液とガーゼを取り出し消毒液を患部にあてる。

沁みて、だいぶ痛い。でもこれくらいしておけば変に二次被害をおこさずにすむ。


これは、絶対いいくらいの高熱がでてるんじゃないだろうか。

そう思って少し自嘲気味に笑ってみせる。


左手をぼんやり眺めながら今日一ヶ月ぶりに会った息子を思い出す。

それと同時に今日の仕事は柄にもなく手荒になってしまった。


…どうにもならないことが多すぎる。


いくら自分の図りしれない所で『ゴーリー』などという

称賛なのか侮蔑なのかわからない、有名人になっていてても。

こんな朝の来ない生活、家庭のこと、仕事のことはどうにもならない。

どうにかすることすらままなってはいない、無力過ぎる腕にお似合いな傷だ。


熱で頭がくらくらからガンガンにかわりつつある、意識も蝕まれる。

すこし空が青くなり始めた。

だが、朝まで起きていることはできないのだろうなあ。


その汚い群青を見ていると同じような目の色をしたあの男を思い出す。

あいつのように、自由に自分のやりたいことをできたらなあ。

結局自分もこの街と『ガキ』に囚われた市民の一人でしかないのだろうか。アッシュはのように枠にとらわれない人間にはなれないのだろうか。


無力さに胸をつまらせながら目を瞑る。

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