2章上巻 とかく人の世は住みにくい

第12話

また、雨の音だ。

ざあざあと降りしきる雨を寝ぼけ目で眺めつつ、折部は頭を動かす。

覚め切っていない意識が気持ち悪い。

外の様子からは今がどのくらいの時間かわからない。

枕元においてあったケータイをつけて時間を見る。

18:23と表示されている画面をぼんやりと見つめる。

ああ、またこんな時間まで。

ぼさぼさになった髪の毛を手ぐしでとかしベッドを抜ける。

腰かけても頭はぼんやりとしたままだ。

窓に雨粒が打ちつける音だけが頭に入ってくる。


ここ何日…いやそんなレベルじゃないか、何年朝に起きれていないのだろう。

『仕事』のせいだと思っていたいが。


少し痛む目頭をおさえつつ、項垂れる。

缶コーヒーでも買いにいこうか、と思い立ち上がった時だった。

テレビ脇に置いていたラジオからとぎれとぎれの音声がした。

何度か繰り返されるその音声に耳を澄ませた。

大体こういうときは『仕事』の連絡だと察しはついていたからだ。






数十分後、折部は意識をすっかり醒してジュアンの前にいた。

横に並んでいるのは自分より背の低い夜々だった。

不安そうな横顔を見て折部は微笑んでみせた。

それに気づいた夜々はぷーっと頬をふくらまして拗ねる。

子供扱いされるのは嫌なタイプか。


「それにしてもなんすかねえ。」

「そうだねえ、なんだか様子が違う感じだったけど。」


ラジオから流れた指令は『仕事』ではなかった。

かと言ってちょっと変わった普通のラジオ番組でもなかった。

ジュアンにこい、と。

斑鳩や…別の班の人間はみあたらない。

あれだけのグループ数があるならだれかきてもいいものだが。

隣でぽちぽちとケータイ電話で何かしていた夜々が顔をあげる。


「斑鳩さん、お声がかってないみたいっすよ。」

「となると…やっぱりAグループ?だけなんだね。」


ここで一人ちぢこまっていても仕方がない。

それに…思い当たる節がないと言えば嘘になってしまう。

おそらくはこの前届けた、『仲間外れ』というやつのことだろう。

折部はとりあえず中に入ってみることにしてみた。

未だ店主のリノンは不在のようだ。

イドラの意図的に用がある以外は席を外されているのだろうか。

檻の中には既に折部と夜々以外の3人…いや、

もう一人いる?

ふわっとした空気を絡めたような肩ほどの長髪の青年だ。

顔も、姿勢も育ちのよい…ハーフだろうか、そういう風に見える。

彼の前にはブドウの入った、ワインのような飲み物。

サングリアのようにも思える。その手のかかった飲み物が余計異質さを漂わせていた。

そして彼は先日まであの『焼酎』の男のいた椅子の場所に座っている。

折部と夜々は訝しげに椅子に座る。

するとまた、テーブルのモニターに不気味な文字が浮かび上がった。


「(この趣味の悪い文字はどうにかならないんだろうか…)」


心の中でぼやきつつ眺める。


『ざんね~ん、仲間外れさんが一人見つかったネ。

 彼は無事に『仲間入りさん』になったヨ~。』


ケラケラケラという笑い声がスピーカーから漏れる。

夜々が少し肩を震わせたのが見えた。

そしてまた新しい文字が浮かび上がってくる。


『そして!一人あながあいてしまうと寂しいよネ!

 皆なかよし誰かひとりがいないなんて悲しすぎるよ!

 ということで、「転入生」の子にきてもらったヨ。

 そう、見覚えのない子がいるデショ?

 彼を加えてまた、みんなで仲良く遊んでネ!

 ああ勿論、なかまはずれを教えてくれた子にはお小遣いをあげたヨ。

 嘘つかない!いい人でしょ!』


不釣り合いな明るい言葉でその不気味な会合は締めくくられた。

扉がまた、自動で開くとメロンソーダの双子とコークの男が出ていく。

折部もその2人を見送ってから、また緑茶を一口すすり外へ。

夜々もあたふたとそれについてくるが2人の間に割り込んだ影が。

『転入生』、か。

夜々のほうがびっくりして茫然と彼を見上げている。

転入生』はちらりと彼を一瞥した後折部のほうだけを見てにっこりとした。

その表情はやわらかなものだった。

折部は咄嗟に夜々を引き寄せて近くに来させる。

この男、他のAグループの人間とは違う。

折部が立ち去ろうと背を向けると彼は折部の腕をつかんで止めた。


「そんなに逃げなくてもいいじゃないですか。」


彼はにっこりと告げる。

逃げさせてはくれないか、と折部は悟ると夜々に目線を送った。

訳がわからないといったように戸惑っている。


「ごめんね、今日は一緒にご飯たべにいけれないみたい。」


財布を取り出して500円玉を夜々に渡す。

その行動に意図を汲んでくれたみたいだ。

彼は何回か不安そうにこちらを見ながらうなずいて去っていく。


「ありがとうございます。」

「ん…まあ、俺だけならまだって感じかな。」

「安心してくださいよ。僕は彼にも貴方にも変なことはしませんから。」

「変なことっていうか、ううん。まあいいか。そうだね。」

「ここで立ち話っていうのもなんです。どこか他に場所を移しましょう?」


そういうとふふと笑いかけてくる。

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