第10話
ジュアンに着いて折部は男を抱えたまま階段を上る。
ドアノブを回してみるが開く気配がない。
時計をみると夜の2時くらいになってしまっていた、さすがに営業時間外なのか。
後から来たアッシュが気だるげに扉を見る。
「どうしたあ?」
「いやもうお店やってないみたいだ、どうしよう?」
「ったくよお…オラアッ!」
力任せにドアを蹴るといとも簡単に木製のドアは開いた。
タクシーの運転手に色々聞かれていたから腹がたっていたのだろうか。
間柄やなんやと聞かれたが変に誤解をされていなければいい。
まあ二人で気絶したこの『焼酎』の男を支えて乗っていたのだから当然だ。
すっきりした面持ちで店へと入っていった。
その後ろに折部がゆっくりとついて入る。
「Aグループっていうのは…ここか?」
先に歩いていたアッシュが鉄格子をコンコンとたたく。
「うん、そこだね。手間取らないうちにこの男の人どうにかしたいけど。」
「ああ、俺はここで一旦お別れっぽいけど。」
「え?ああそっか…一人ずつしか入れないんだったね。それに君はチームが違う。」
「取引だぞ、中で何が起きたか全部後で言えよな。残らず。」
「わかってるよお、この前アッシュと約束したじゃないか。」
カードキーで扉を開けて折部はアッシュのほうに顔を向ける。
「君の探索に最後まで付き合うって。大丈夫だよ。」
「チッ…言うならいいんだよ、早く行け。」
アッシュと鉄格子の閉じる音を背に中へと進む。
「中にたてらせろって言ってたっけ、よいしょ…」
折部はつい数時間前までこの場所で焼酎を前に座っていた男をテーブルに横たえる。
自立させることが無理なのだからこれくらいの融通はきくだろうか。
なかなか重くてちょっと手が疲れた。
それもそうか、成人男性一人をここまで運んでくるのは楽なことではない。
そう思いつつ休憩と言わんばかりに近くの自分の椅子に座る。
しかしあんな変なゲームに1日にして踊らされるとは思っていなかった。
ふうと一息つくと、テーブルの上の男が目を覚ました。
すぐに状況がわかったのだろう半狂乱に逃げ出そうと叫び出した。
「おおっと!?これはどうしたらいいのかな!?」
折部は必死に男を抑えつつ、周りを見渡す。
するとテーブルのモニターの脇に大きな赤いスイッチがあるのがわかった。
今できることと言えばこれしかあるまい。
折部はそのスイッチを左手でなんとか押した。
すぐさまアナウンスが流れ出した。
『献身の確認をしました、ご自身の椅子におすわりください。』
折部はよくわからないまま椅子に座る。
するとテーブルの天板がいきなり2つに割れて、男が消えた。
いやその突如現れた大きな穴に落ちていっただけなのだが。
そのあっさりさはまるで消えたと言ったほうが正しいように思えた。
何が起きたのか一瞬分からず戸惑っていると
『お疲れ様でした、賞金10万円が入ります。折部正義様ご本人の口座に…』
「あ、ああ!待ってくれ!現金で袋に包んで家のポストにっていうのは大丈夫?」
『…わかりました。ご自宅のポストのほうに。』
「っていう、わがままが通じるってことは。」
折部は閉じて元に戻っていくテーブルを見ながら続けた。
よくよく見ればなんとも安っぽい設計だ。
「この放送は今、リアルタイムで俺の声を聞きながらやっているわけかな?」
『…』
「黙っていちゃあわからないよ、イドラ本部さん。答えてくれ。」
若い男性の声?だろうか。
アナウンスの声は加工されていて折部は知っている人間かどうかもわからない。
ただ語り口やイントネーションが男性の口調のように思えたのだ。
その時アッシュとの約束をもう一度頭に思い浮かべる。
このイドラの秘密を探りその心臓部分に迫りたい、そんな約束だったか。
今こそ多少ながら迫るチャンスなのではないだろうか。
いや、その前に折部には聞いておきたいことがあった。
「そうだと思って聞くね、どうしてこんなことをやっているの?」
『それを聞く意味とは。』
「別に…ただ、こんなひどいことをさせる理由がわからなくてね。」
『理由?理由ですか。申し訳ございませんがそれは私もわかりません。』
「わからない?アナウンス役を承っているのに?君はミラーではないの?」
『ミラー?知らない名前ですね。もうよろしいでしょうか。』
「えっ、待って。」
アナウンスが切れる音がした。
これ以上は何を言っても無駄だろう、折部はおとなしく部屋を出ることにした。
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