第9話
アッシュのメモの通りに道を辿って場所にたどり着く。
夜々がちくいちスマートフォンで場所を確認してくれたこともあって
なかなかはやくついたと思う。
走っている途中に頰になまぬるい一粒が落ちた。
どうやらまた降り出してきてしまったらしい。
雲行きからして雷がきてもおかしくはなさそうだ。
「オッさん、こんなとこになんで…ていうかここ…」
「そう、俺らが夕方に待ち合わせていた場所だね。」
風早町レストタワー前のベンチ。
数時間前に折部がコーヒーを飲み、アッシュがタバコを吸っていた場所。
彼が言いたいこと、おそらくは。
「あの、ビルだね。」
折部が目線を送ったのは、
夕方に会社員風の男性が入っていったビルの隙間。
身を隙間にねじ込みながら奥へと進んで行くと1つの安っぽいドアの前へ着いた。
夜々は隙間の向こうで心配そうにこちらを見ている。
時計を見てみると時間はもう22時前。
夜々の年齢ではもう帰るべき時間帯かもしれない。
手帳の1ページを破り、ポケットの中からペンを取り出す。
時間も遅くもう帰っていいという旨と、
折部自身のケータイのアドレスと電話番号を記し
石にたまたまポケットに入っていた輪ゴムでくくりつけ
彼の少し前に届くように石を放り投げた。
それに夜々が気づいたのを確認するとドアを開けて中に入る。
中は上へ続く階段とフロア一覧の看板しかなかった。
うさぎの被り物は当然今は手元にない。
取りに帰る暇もこうなってしまってはないだろう。
上着についていたフードを申し訳程度に深く被り顔を少し隠し
階段をあまり音をたてないように駆け上がる。
ここ全体はもう使われなくなった4階建ての多目的用ビルだったらしい。
二階は昔有限会社だったところの事務所のようだ。
扉の前を存在を認識されないようにしゃがんでゆっくり進む。
そして無事3階に続く階段へ足をかけ、急いで駆け上がる。
その途中だった。
—パタタッ。
かぶったフードの上に何か水滴がかかった感覚がした。
この建物はあまり古くはないように見えるが雨漏りでもしているのだろうか。
そう思って手でその水滴を払うようにぬぐった。
…違う、これは雨のような純粋な水の感覚ではない。
ぬるっとした指の感覚に目をむけると、指にこびりついたのは血だった。
その光景に3階へと急いだ。
3階も下と同じ有限会社の事務所だ。
このビル自体をかつて保有していたのだろうか?
そのかつて透明だっただろうガラス戸はもう向こう側の景色を見せてはいない。
一面がまるで赤いペンキで塗りつぶされたように。
その扉の横にしゃがみ、ゆっくりとドアを開け中を伺う。
部屋の中にはたくさんの死体。
男女どちらも混合ではあるが、折部はこれと同じ光景を最近見ていた。
折部も行っていた『仕事』そのものだった。
フードを脱ぐと先ほどよりもっと急いで4階へと登る。
残っているのは4階の社長室フロアだけだ。
4階の扉を開けると、そこには2つの人影があった。
一人は昼間に見かけた同じ円卓グループの会社員の男。
彼は膝をついて怯えたような表情で体を震わせている。
そして隣のソファに座ったままその首筋に肉切包丁をあてがっているのは
「…アッシュ。」
「おお、ちょっとかかったな。まあいいんだけどよ。」
雷のせいで逆光を背に受けた彼はもはや1つの黒い影にしか見えない。
その影の動きとわずかにする咀嚼音で彼がなにかを食べていることがわかる。
二人を囲むように散乱している死体を見渡し、まさかと思い冷や汗をたらす。
息を飲んだ折部にその考えがわかったのだろう、彼はふうとため息をついた。
「俺にそんな変態じみた趣味はねえよ。早とちりすんな。」
「あ、ああ。はは。そうだな。」
「俺はこいつらが残した残飯を食べてるだけだ。」
そう言うと手にしたハンバーガーをずいと突き出した。
よく見ると机の上には散らかったジャンクフードがたくさん転がっている。
アッシュはそれを片っ端からがっついていたようだ。
異様な光景ではあった。
こんな死体に囲まれて飯が食いたいかと聞かれれば折部も遠慮するだろう。
腹は減る時は減るがそこで食べようはさすがに思えない。
「折部、こいつ誕プレ。ほら、お前の友達の友達の親戚の誕生日だろ?」
「何が言いたいのかな?その人は…」
「えっ、こいつお前の円卓グループから出てこなかったか?Aグループ。」
包丁を食い込ませながらアッシュが男の頭を掴む。
その背中に向かってケチャップをぬぐい、そうだったよな?と問う。
なおも微塵も動けないらしい蒼白の彼の代わりに折部が頷く。
酒を呑んで荒れていると思っていたがそういう所はちゃんと見ていたのか。
折部は死体の間をぬってアッシュの近くまで歩く。
「で、プレゼントってどういうことかな?」
「よおっく聞いてくれたな!まあ取引みたいなもんなんだけど!」
アッシュは汚らしい下卑た笑顔で足をドンとローテーブルにのせた。
「俺がなんでここにいるかってえとまあいつものようにい?
仕事の連絡が来てここに『食べに』来てやったわけなんだけど。
そこでここの!奴らとニコニコ飯食ってたのがこいつだったんだなあ!」
折部がそっと男に視線を向けると、おどおどと視線が泳いでいる。
どうやらアッシュの見間違いや妄想というわけではないらしい。
本当ならあのふざけたような円卓というゲームは本当に仕組みを成している…?
いや、しかしまだそうと決まったわけではない。
第一この男を差し出したところでどうなるんだろうか。
「この男やるよ。」
「え?」
「その代わり、俺も連れて行け。エンディングまで知っとかねえと。
な?簡単な取引な訳だがどうだ。」
「ん?どうしてだい?」
「俺のEグループで『仲間はずれ』が出るかわからないじゃねえか。
あのゲームがマジで一人1グループに仕込んでるか謎なんだからよ。
今ここで裏切り者の狼さんがAグループさんに現れたわけだ。
まあ、気になるしな。どうだ?お前にはお仲間割引してやってるつもりだが。」
アッシュはけらけらと笑って折部を伺う。
あいも変わらず会社員風の男は震えたまま動かない。
返事を待つようにアッシュは赤いケチャップのついたポテトを口に運ぶ。
「まあ、いいけど。」
その言葉を聞くとアッシュは嬉しそうに立ち上がった。
と同時に捕まっていた男は逃げ出そうと暴れ始めた。
「でも本当にそうなんだよね?間違いではないんだね?」
「しつけえなあおい、マジだって。
こいつ俺が来た時ここに日本人の女連れ込んで敵さんとお楽しみ中だったし。」
「その敵っていうのはもしかしてさっき店にいた人たちの仲間?」
「だな。態度からして一緒だったわ。だから正真正銘裏切り者だしこいつ。
あっ女はとりあえず襲ってた一人殺したら外へ逃げてったから無事だと思うけど。
あいつも追っかけってとっつかまえるか?」
首を横に振る、なんと悪趣味な男達だろう。
暴れていた男が一瞬の隙をついてアッシュの手から逃げ出した。
しまったとアッシュが捕まえ直すより早く折部が男の鳩尾を殴り
気絶させてその身を捕まえた。
「そんなひどいことする人はちょっと許せないかな。」
「おお、取引成功ってことだな。ていうかお前断るかと思ってた。」
「断ってたかもね、でも俺今ちょっと怒ってておかしいんだと思うよ。」
「優しいヤツだなあ。」
アッシュが煽るように最後の一言をかけて、社長室の扉を開ける。
そしてお先にどうぞと言わんばかりにポーズをとる。
「他人の仕事先に関わってたってなったら面倒なことになっても怖いしな。
バレないうちにトンズラここうぜ。」
「そうだね、ジュアンに戻ろうか。タクシーでも呼んでおいてくれるかな?」
「はいよ。代金お前持ちな。」
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