第8話

外から悲鳴と汚らしい笑い声が聞こえてきた。

思わず反射的にテーブルの下に折部は隠れて夜々をひきこんだ。

すると店の中に銃を少女につきつけた『ガキ』が入ってきた。

厄介なことに三人で来てくれたようだ。

セーラー服を着た彼女は震えて顔も蒼白だった。

他の客は両手をあげて彼らにひれ伏すしかない。

ついてない日だなあと夜々が頭をぽりぽりと掻いた途端だった。

彼らが見てない間に折部がテーブルから這い出て

少しずつ、にじり寄るように近づいていった。

まさか、こんな公衆の前で殺しをするつもりか…と取りそうになったが

彼の足取りはどちらかというと弱者のそれだったので違うとわかった。

銃口がすっと折部のほうへ向き喉元に突きつけられる。


「何近づいてきてやがんだぁ?」

「い、いやあ…えへへ、ばれてたかあ。」

「両手をあげろ!」


折部はおどおどと両手をあげると2、3歩さがった。

言われるがままに後ろを向いて手を後ろに組まされる。

銃口が一瞬離れたのを見てその瞬間に夜々が助け舟に入ろうかと構えたが

今は助けはいらないと言わんばかりに苦笑いをしていた。


「てめえ何してやがった!」

「すいませんね、でもその子離してもらえませんか。

 私の妹なんですよ。な?カエデ。」


折部が目をやると、少女は少し止まってこくこくと怯えたまま頷いた。

「私の尻ポケットに財布が入ってるんで、それで勘弁していただけませんか?

 ああ、ついでにクレジットカードも入っています…

 妹の命にはかえられませんからね。番号は1942です。」


銃をつきつけていた男が汚い笑い声を漏らしながら

折部の尻ポケットをあらわにしようとジャケットの裾を持ち上げた。

その時だった。

折部が夜々に強い視線を送ったかと思うと、

右の壁にかけてあった消化器を右手に持ちそのまま回転して男の頭に叩きつけた。

と、同時に夜々も駆け出して銃の男の後ろにいた男の鼻頭を殴った。

二人の男が倒れたところで、もう一人の男が予想より早く逃げ出した。

折部と夜々が追いかけるより早く外に出て、大声で助けを呼ぼうとした時だった。

ゴリッという鈍い音を立てて男が吹き飛んだ。

吹き飛んだ拍子に店の中に逆戻り、それと一緒に入店してきたのは。


「あ、金髪のオッさん!」


アッシュだった。

彼は何事もないように財布をとり出しながらレジに向かっていた。

夜々の声にやっといることに気づいたのか気分悪そうに振り返る。


「何やってんのさオッさん!」

「んだよ、キッズと正義じゃねえか。何やってんだお前ら。

 おい店員、頼んだもんできてるだろうな?あ、ついでにシェイクも追加。」

「アッシュ、チーズ派なのかい?バーガーは。」

「折部さんそこじゃないから!」


客は怯えてしまって足がすくんでいるのだろう、だれも出て行かない。

まあ退治したとはいえ襲撃があったということになってしまうから仕方ない。

アッシュは同じく怯えた店員から正反対にも普通の顔で紙袋を受け取った。


「今日はチーズっつうか、ここの店の気分だったんだよ。」

「出会い頭に殴るってやばくない…オッさん…」

「ハァ?今のは無理もねえって。

 なんかぶつかったのに詫びの1つもいれねえからよ。

 ムカついて一発殴っただけだろ。腹減ってていつもより力入ったかもしんねえけど」


アッシュは袋をあけてポテトを1つつまんで口に放り投げた。

まあなにはなんとか、窮地を抜けれてよかった。

夜々はほっと胸をなでおろすと周りを見渡した。

するとさっきの少女が腰を抜かしたままそこに座り込んでしまっていた。

やれやれと思って彼女に手を貸して、早く帰りなよと促す。


「お前らもなんか…ここに落ちてるゴミはこれお前らが潰したやつだろ?」


ゴミと言い切ってしまうアッシュの言葉に苦笑いしてしまう。

彼のことだから怒りが腹の中にたまったままで

折部たちに理不尽に悪い態度のままあたってくるのかと思っていたが違ったらしい。

あの原因を殴り倒したことで気が済んだのだろうか。

少女は折部と夜々にお礼を言い、まわりの客も少しずつ顔を出してきた。

アッシュは興味なさげにそれを見ている。


「あの、シェイクはサービスで…」

「あ、そ。」


アッシュはそういうと折部の視線に気づいた。

そんなに露骨に不思議そうな顔をしていただろうかと思っていると、

彼はニンマリとゲスな笑顔をうかべた。

背中が少しぞわっとした、そんな嬉しそうで楽しそうな顔は見たことがない。

いや嬉しそう?この表情はまるで…あざ笑っている?

折部から目線を外さずにさきほど殴り殺した男の傍まで歩いた。

そして彼の足が上へとあがり、男の顔へ一撃。

その躊躇のない音に再び店がしんと静まりかえる。


「ちょ、ちょっと。オッさん?」

「…」


困惑して声をかけられずにいる夜々に対し折部は彼から目を離せずにいた。

客の視線が自分に向かってそそがれている、

しかしそれ以上に彼が異様だったのは折部の目を見たままだったのだ。

まるで何かのねじがはずれたかのように


もう一度、もう一度、まだ踏む。


その光景に店のほとんどの人間が目をそむけある者は泣き出した。

なおも靴が汚れても構わず踏み続け、ついに顔の原型がなくなった頃。

彼はつばを吐きかけて、吐くようなため息とともにその場を去っていった。

呆然とした夜々が口をあけたまんま立っている。

しかし折部はふと我に帰りそのまんま男の死体に近づく。

夜々がそっと目を背けるのが視界の端で見えたが気にはしない。

それより気になるのは。


「また、派手にやるよねえ。」

「ウッ…」

「いいよ、夜々くんは見なくても。

 ただこんな風にやっちゃうと

 アッシュのやついよいよ向こうさんからも個人的に敵視されそうだね。」

「もうちょっとこっそりやれよ…」


嫌そうに顔をしかめる夜々。

当然だ、いくらイドラに所属していたとして個人的に目をつけられると

どんな目にあって殺されるかわからない。

こんな治安下で生きている人間はそれを恐れて誰も反抗しないのだから。

徹底的に『ガキ』は居場所をつけとめて襲いにくる。

アッシュはその危険を今平気で侵していた。

それなのに折部は少し心の中では高揚していた。


「店員さん、ここの処理はなんとかなりそうかな?」

「は、はひ…」

「ならよかった、皆さん!」


声が震え切ってはいるがどうにかしてくれるようだ。

それより心配だったのが折部自身の声が震えていないかということだ。

なるべく動揺を見せない笑顔で、客のほうへ向き直る。


「ここでは俺と彼を含め皆さんはなにもしていないということで…

 そう。さきほど出て行った外国人の彼が全てやったのです。

 もし聞かれた場合はそう答えてください、しかし極力は

 『何も起こらなかった』ということで。いいですね?」

「え、ちょ。折部さん?いくらなんでもそれは…」


折部は夜々にそっとささやく。


「多分アッシュ自身がそういう覚悟の上でやっている行動なんだ。

 俺達に余計な疑いがかからないようにするためのね。

 じゃないとあんなおおっぴらなことしないだろうよ。」

「そう…なんですかね?わかった…」


本当は、折部自身ですら彼の真意はわからない。

ただ何も考えず…ということはあの表情を考えるにないだろう。

大丈夫だアッシュならなにか策があるのだろう。

いやそれより折部はやはり嬉しくて仕方がなかった。

この虐げられているのが普通の状況で、彼は逆らい手をあげるどころか

過剰なまでの怒りと嘲笑を繰り返すことができる稀な人間。

この国の人間ではないがそんなことは関係ない。

そんな自由な人間に出会ったことは今まで皆無に等しかったのだ。


「あの…」


店員が震えたままの声で折部に声をかけた。

自分の表情がおかしくなっていないことを確認して店員のほうへ視線を向ける。


「はい?」

「こちら…、あの金髪のお客様から…おいてありました。

 マサヨシさんって、あなたですか?」


メモ帳の1ページを2つ折りにしたものを手渡される。

目に見える部分には『マサヨシへ』と書いてあった。

すぐさま受け取って中身を見ると、そこには見覚えのある場所が書かれていた。

夜々が覗き込んできて首をかしげる。


「ん?折部さん…これって?」

「ここは…ふふ、どうやら彼にも何かつかめたものがあるらしいね。

 どうかな夜々くん、ちょっとついてきてもらえるかな?」

「え、あ、いいけど。」


折部はメモを懐に戻すと、

テーブルの上に食べ残していた残りの食べ物を全て口に放り込み

トレーを返却口に返した。

店を出ながら、きまずさを感じた夜々がそういえばと口を開く。


「折部さんって妹いたんだ、僕知らなかったすよ!」

「妹?」

「えっ、ほらさっきの人質の子そうなんっしょ?」

「俺に妹はいないよ。言った名前も適当。

 もちろんクレカの番号も全然ちがうよ。

 あれは壁にかけてあったデジタル時計の数字言っただけだもん。」


そう飄々と種明かしをすると、夜々はまた呆れたように立ち止まった。


「…もう、あんたら二人わかんなさすぎ。

 ある意味お似合いなんじゃないの?」

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