第6話

ジュアンにつくと昨日より異様なまでに静かだった。

なぜだろう、人の気配はするのに…。

折部が不思議そうに階段をのぼってドアをあけると

そこにはリノンが片手にA4のファイルを持って呆然と立っていた。

どうやらあちらも驚いているということらしい。

折部が声をかけるより先に視界の端ですごい速さで何かが動いた。

アッシュだった。

先の宣言通りリノンの胸元を掴んで今にも殴ろうといわんばかりの雰囲気だ。

彼を止め損ねた夜々がわたわた動揺している。


「ちょっと…!オッさん!いい加減にしてよね!」

「この女ァ…何考えてやがる…?」


言葉の通じているかわからない女は怯えたように瞳を見開いている。

アッシュは脅しで殴る殴らないの算段を考えることはできない人間だろう。

少なくとも今は迷うことなく殴ろうとしている。


「待ってくれアッシュ…ああ、夜々は先に行っててもらえるかな。」

「えっ?」

「ちょっとお話したいことがあるんだ、すぐ終わるから。」


夜々は渋々頷いて店の中へと足を進めていった。

折部さっきからしきりに罵声を浴びせ続けているアッシュに近づいていた。

一応まてという言葉は聞き入れてくれていたらしい。

殴打音も聞こえなかったし殴るのを一旦中止してくれているようだ。

罵声の内容はリノンにわかりやすいようにご丁寧に全編英語だ。

折部には内容がわからないのがまだ救いなのかもしれない。


「おういアッシュ…」

「正義!今からこの女殴って締め上げてツッコんでやろうかと思っててよお!

 てめえにも一発させてやるよこのボンクラ!」

「早口すぎてなにを言ってるかがわからないよ。

 もう少しゆっくりしゃべってくれないかな?あとちょっと大声すぎるかな。」

「チッ…お前のせいで調子狂うぞ…!」

「まあまあ、娘さん…リノンさんもなにか企ててるってきまった状態じゃないし。

 なによりちょっと手荒すぎないかな?怯えてるよ。」


折部はアッシュの手を離させて真ん中に割って入る。

その顔は切羽つまった…というようでもなくいつもの薄ら笑みのままだった。

余計アッシュの意気を萎えさせてしまったのだろう、

ため息をついて舌打ちをしながら彼女から少し距離をとった。

折部はうんうんと頷いてからリノンの服の乱れを直してやり目を合わせた。


「さてと、お席に案内してくれるかな?リノンさん。

 多分その様子だと君にもこうなった理由はわかっていないんだろう?

 座ってゆっくり話でもしようじゃないか。」


今の状態だと簡単に言葉は通じないと踏んで店の奥を指差した。

彼女はこくこくと頷きファイルに目を通し始めた。

アッシュはまだ不機嫌そうにあたりをうろうろとしている。

吐き出すようなため息が彼の焦燥感を感じさせる。


「なにをそんなに焦っているんだい?アッシュ。」

「焦っちゃいねえよ、ただ腹が立って仕方がねえ。」

「きっとお腹が減っているんだよ。中で茶漬けでもいただこうよ。」

「俺はそんな薄味なもん食わねえぞ、ジジイじゃあるまいし。」

「そうか…でも茶漬けはうまいぞ。じじいじゃなくても。」


少し肩を落として折部がいうとさきほど店の奥に行ったはずの夜々が

じとりとした目でこちらを見ていた。


「よかったね金髪のおっさん、折部さんが止めてくれて。」

「うるせえガキ、てめえから顔の形変えてやろうか。」

「ええ、制止を聞かずに殴ってたら馬鹿の極みだったでしょうね。

 こちらにくればわかりますよ。」


夜々の後ろから控えめに出てきたのは斑鳩だった。

彼は目配せをするとまた店の奥へと戻っていった。

折部とアッシュも夜々の後ろをついていくように中へ入っていく。

目の前にあったのは、まるで監獄のような…。


「おい、団体席があるなんて聞いてねえぞ。」

「この店に団体席なんてあるもんですか、こんな悪趣味な団体席…」



大きな独房のようにコンクリートの壁に小さな檻のドアがついている。

それが5つあるのだ。


あまりにも異様で無菌質ささえ感じさせる。

ようやく追いついてきたリノンが戸惑いながらもアッシュと折部にカードを渡す。

折部のカードには『A』、アッシュのには『E』と書かれている。

夜々にも同じように『A』と書かれたカードが手渡された。


「んだこれ…」

「カードキーですよ、扉の横についているでしょう?」


檻扉の横には確かに何かカードを通す端末のようなものがついている。

端末に掘られるように白い印字で各アルファベットが書かれている。

この部屋に入れということだろう。

折部は振り返ってリノンのほうに視線を戻し、とんとんとカードをつつく。


「君はこのことについて何か知らされていたのかい?」


リノンは首をすぐに横に振った。

おそらく隣ではしびれをきらしつつあるアッシュが睨んでいるのだろう

彼女の瞳は怯えているようにおもえた。


「彼女に一晩でここを変えれる能力はどうやったって思いつきませんよ。

 もっと大きな何かが動いていた可能性を考えましょう。」

「ハ?んだよそれ。」


アッシュが聞き返そうとしたとき、店の中に大きな狼の遠吠えが響き渡った。

どうやらこの事件の犯人はご丁寧に点呼用のスピーカーまで取り付けていたらしい。

折部が手にしたカードキーを扉にかざすと、

斑鳩の説明通り重々しい檻の扉は滑りよく横にずれた。


「とりあえず中に入れっていう風に言われてるらしいね。」

「おい、俺まだなんも納得いってねえぞ。」

「幸いか不幸か私はそこの納得いってない一人と部屋が同じのようですね。

 納得するかはわかりませんが相互理解が得られるように努力しますよ。」


そのやりとりを聞き終えるか終えないかくらいでリノンが背をむけた。

それを見逃すまいとアッシュが腕を掴んだ。


「hey,where are you going?(おい、どこへ行く)」


夜々がやめなよ、と声をかけて腕をはらいのけた。

その夜々を睨みつけて迫っていたがどちらも退かずに言い返す。


「トイレだよ、そこに従業員用のがあるんだよ。ね?トイレ。」


夜々が少し前の受付の奥を指差して最後にそうつけくわえると

腕を掴まれて少し痛いらしくおさえている彼女はこくこくと頷いた。

アッシュは舌打ちをして、吐くようにため息をついた。

リノンは小さくお辞儀をして受付のほうへ小走りで去っていった。

もういいだろうと言わんばかりに斑鳩がE部屋のカードを通し扉をあけた。

折部は彼に対して頷くと、同じくA部屋の夜々を誘い中へ入ろうとした。

ところが折部が部屋に入ったところで後ろで強くたたきつけるような音がした。

振り返る間もなく夜々が不安気な声をあげた。


「ええっ!」

「ふむ、もしかしたら一人ずつ入れっていう可能性もあるね。」


数秒、時間をおいて夜々が肯定の返事をかえした。


「あっちで斑鳩さんも取り残されてるっすね…。

 折部さんの言う通りですかね…仕方ないです、先行っててください…。」

「大丈夫?一人で。」

「子供扱いしなくても…大丈夫です。」


折部は前を向いたまま頷いて歩みをすすめる。

少し伸びた道を歩くと黒いカーテンのようなものにぶつかった。

恐る恐るそれをめくり上げると…

中にはモニターを中心に埋め込んだ大きな円卓

に6つほどの席が据えられている。

そのうち4つはすでに人が座っておりそのうち2人が暗い顔で俯いている。

残り2人は待ちくたびれたように上を向いている。

ぐるっと一瞥してみるとすべての椅子の個性が違う。

あいている2つのうち1つには不思議なことに折部には見覚えがあった。


「(これは、俺の書斎の椅子だな?)」


いつも見慣れている椅子とうり2つ、いや同製品だ。

あまり大きくはない、木の椅子に座布団が敷いてあるだけの椅子。

なるほど、つまりこれが自分の特等席というわけだ。

椅子の前の円卓の上には緑茶が置いてある点からも自分向きというのがわかる。

折部用と思われる椅子の2つ横も空席だった。

それも学校に置いてあるような木とパイプで作られた椅子であり、

円卓の上にはオレンジジュースが置いてある。

折部が自分の椅子に腰掛けると同時に、夜々が入室した。

重々しい空気を感じつつも彼も自分の座るべき椅子を視認したようだ。

緊張しきったように座った。

全員が揃ったことを告げるようにもう一度遠吠えが聞こえた。

すると円卓の中央のモニターが突如写り、新聞紙の文字を切り貼りしたような文章が。

それは10秒ごとくらいにパチパチと文章を変形させた。

それに対して小さな悲鳴をあげたものもいた。



『ひどく残酷で、愛に満ち溢れたイドラのみなさん。

 これからあなたたちの行動をもっと楽しくさせる狩りを始めますヨ。

 ルールはかんた〜ん。

 みんな仲良く6人組をつくってもらったんだけど、

 なんとその中に何人か「仲間はずれ」さんがまざっていますヨ。

 仲間はずれの理由を探して君達の手でこの円卓の上に立たせてあげてネ。

 一人見つけるたびに10万円のボーナスが出るヨ。

 ね?かんた〜んでショ。

 それと「仲間はずれ」さんに公平をきすためにこの円卓内での会話は禁止ネ。

 お外で会えばみんな仲良しで〜。

 以上、みんなのイドラ本部からでした〜』



表示が終わった瞬間、外の檻の扉が開いた音がした。

折部は全員が席を立たないうちにぐるっと円卓の上を確認した。

それぞれに1つづつ飲み物が置いてある。

緑茶から時計周りに、

『コーク』『メロンソーダ』『メロンソーダ』『オレンジジュース』『焼酎』

という風に。

メロンソーダが2つ続きだったのに疑問を覚えて少し窺い見てみると、

なるほどこの2人は顔がうり2つの少女であり双子らしい。

髪の毛の分け目でギリギリその見分けがつくくらいだ。

『コーク』は夜々より少し上…20代のおよそ無職といったところだろうか。

どうにもこうにもぱっとしない見た目をしている。

問題は夜々の隣に座る『焼酎』の男。

その顔には見覚えがあった。

ここに来る前、アッシュとたまたま発見した挙動不審な男。

記憶が間違っていなければその男そのものだった。

くたびれたスーツを着た会社員風の男。

考え始めたところで折部と夜々以外のAグループはぞろぞろと退出を始め

その表情から思惑を読み取ることはできなかった。

やがて彼らにつられるように折部も緑茶をすすり退出した。


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