第3話 戒めのエーデ①
無言の転生者と感情のない国
作者:janjan
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戒めのエーデ①
ロリウス一行は魔女に会うため深い森の中を歩いていた。
【夜半の森】と呼ばれるその森は、天を衝くほどに高く伸びた木々が空を覆い、まだ昼間だというのに灯りなしでは前に進むことすらままならなかった。
幸いにもロリウス達はリノの光魔法である【灯光】により周囲を明るく照らすことできたため、はぐれることなく順調に歩を進めた。
(魔法というのはマジで便利なんだな)
ロリウスは頭上に浮かぶ光の球体を眺めながら関心する。
リノ曰く、この魔法には魔物除けの効果もあるため低位の魔物は近寄ってこないとのことで、その言葉通り、森に入ってから一度も魔物らしき姿は見られなかった。
(それにしても、どこまで行くのだろうか。森に入って2時間くらいは経ったか? 同じ景色が続くせいか時間の感覚もおかしい)
ロリウスは額の汗を袖で拭いながら、横を歩くリノの方をちらと見る。するとその視線に気付いたのか、リノと目が合った。
「ロリウスさん、汗を掻いてますね! 疲れましたか? 大丈夫ですか? 気付かなくてごめんなさい」
リノは心底心配そうに声をかけると、あたふたと鞄の中からハンカチを取り出す。そして、それをそっとロリウスの額に添えた。
「これで大丈夫です。もうすぐ着くはずですので、頑張りましょう!」
そう言って満足気な笑顔を向けるリノ。ロリウスの体温は急上昇し余計に汗を垂れ流す。
(やばい。いい子過ぎる! 俺なんかより絶対疲れているはずなのに! お礼が言いたいのに言えない! もどかしい! ならせめて頭ポンポンってしてあげて……ってダメだ! セクハラだろ! 変態と思われるだろ!)
「ロリウスさん? どうしました? 大変! さっきよりすごい汗ですよ! 」
リノは心配そうにロリウスの顔全体をハンカチで拭き始める。
(リノ、違うんだ! これ以上はやめてくれ! てかハンカチの匂い良っ! 女の子の匂いやば! いや、ダメだ、俺は変態じゃない変態じゃない……。ん? よく見るとリノも汗を掻いている……だと? これはリノのハンカチをそっと奪いとって俺が拭いてあげればいい! そうすれば感謝の気持ちを表せれるではないか! そうだ。それがいい。ウィンウィンだ。決してやましい気持ちではない。感謝の気持だ。感謝の気持ちでその陶器のように白い首筋にながれる一滴の宝石(汗)を拭うのだ!いざっ!)
ヒュンッと細く風を切る音が耳元で聞こえた。
直後、ロリウスの黒髪が数本パラパラと舞って地面に落ちた。
(えっ?)
何が起きたか理解できないロリウスだったが、2メートルほど先を歩くオルカがスローイングナイフを片手にこちらを向いていることで察した。
「オルカ! どうしたの? まさか、魔物!?」
リノは杖を取り出し臨戦態勢に入る。
「いや、魔物かと思ったら単なる変態だった。勘違い」
(ねぇ、オルカさん? やっぱり聞こえてるよねぇ! 絶対に俺の声届いてるよねぇ!)
「もう、驚かさないでよ。変態ってまたよく分からないこと言うんだから」
「変態は変態。ある意味魔物よりタチが悪そうだから仕留めといたほうがよかったかも」
ギロリとロリウスを睨むオルカ。
(紳士です! 僕は紳士です!)
聞こえるはずはないと分かりながらも心なかでロリウスは必死で叫んだ。生きるために。
「そんなことよりリノ、もう入った。最深部」
オルカの言葉が闇に消え、森が一層静けさを増す。
ロリウスは周囲の空気がねっとりと肌に纏わり付く不気味な感覚を覚えた。
「そうみたいですね。ロリウスさん、ここからは今まで以上に油断禁物です。私の【灯光】を恐れない高位の魔物が襲ってくる可能性があります。それはつまり、魔女の棲家が近い証でもあります」
ロリウスはその言葉にゆっくりと頷くと、周囲を見渡しながら慎重に歩く。
先頭を歩くオルカの右手にはいつの間にか紅の大剣が握られていて、小さな異変も見落とさぬよう最大限の警戒網を張り巡らせていた。
先ほどまで時折吹いていた風も今は凪ぎ、三人の歩く音以外は何も聞こえない。進めば進むほど周囲の空気は澱みを増し、招かざる侵入者を森全体が拒んでいるようだった。
「止まって」
何かを感じとったのか、ふいにオルカが立ち止まる。
「オルカ? 何かいるの?」
「静かに!」
リノとロリウスは心配そうに辺りを見渡しが【灯光】の先の暗闇には何も見えず、何も聞こえてこない。重苦しい静寂に包まれたまま寸刻が過ぎる。
オルカは目を閉じ僅かな気配を懸命に探った。
そして、
「……来る!」
オルカが言葉を発するのと同時に、重たい衝撃音が走り、彼女がいた場所に土埃が舞い上がった。
「オルカ!」
リノが思わず叫ぶ。
(オルカ! どこだ?)
ロリウスも必死に目を凝らす。
「大丈夫。ここにいる」
すると、二人の後ろからオルカの声。振り向くと傷ひとつ負っていないオルカの姿があり一安心する。
衝撃の瞬間大きく後ろに跳躍し難を逃れていたのだ。
「あーれー? 今のを躱しちゃうんですかー? 完璧な不意打ちでしたのにー。すごいですねー。気になりますー」
一安心したのも束の間、土埃の中から甘ったるい声とともに姿を表す二対の者。
ひとつはおおよそ5メートルにも及ぶ人非ざる巨躯の異物。
もうひとつは漆黒のフードを纏った艶美な女性だった。
(あれが魔女なのか? それに隣の巨大な生き物はなんだ?)
反射的に臨戦態勢をとったロリウスは目の前に現れた異質の存在に動揺を隠せない。
「こんなところまで人が来るのは何年振りでしょうかー? 人じゃない何かもいるみたいですけどねー。10年? 100年? 分かりませんけど、あなた達が気になりまーす。なので私が遊んであげまーす」
一方そんなロリウスとは対照的に、フードの女性はこの森には似合わない、不気味な程無邪気な笑顔でそう話す。
「そんな……あなたは【戒めのエーデ】! 何故あなたがここに! まさかこんなところで……」
女性が何者かを認識したリノは驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべる。
「エーデ……まさか!【英雄八感】--万感の英雄の化身……」
リノの言葉に普段は表情が乏しいオルカも顔を歪める。
(【戒めのエーデ】? 【英雄八感】? 魔女じゃないのか? 何やら話についていけないが、リノとオルカの反応から察するにこいつがヤバい奴ってことはわかる) )
「あれー? どこかで会ったことありましたっけー? 10年前? 100年前? わかりませんけど、殺してからゆっくりと聞きますねー」
微笑を崩さないまま不意にエーデが指先をこちらに向けると、隣に佇んでいた巨躯の異物が動き出す。そして瞬く間に距離を詰めるとリノの頭上目掛けて巨大な右拳を振り下ろした。
(しまった! やばい! リノ!)
咄嗟のことでロリウスは動けない。
しかし、その巨大な右拳はリノに届くことなく、無残に地面に転がる。
先程まで二人の背後にいたはずのオルカが目にも止まらぬ速さでその腕を切り落としたのだった。
「ありがとうオルカ。でも、気をつけて。まだ終わりじゃない。あれは恐らくゴーレム。土の魔法を得意とするエーデが創り出した人形よ。しかもただのゴーレムじゃない。禁忌を侵しているわ」
「禁忌?」
リノの言葉にオルカは疑問符を浮かべる。
一方、傷口からドス黒い血を撒き散らしなが後退するゴーレム。すると、足元に転がる先程切り落とされた肘から先を拾いあげて、それを強引に傷口に押し付け始めたのだ。
ぐちゃりぐちゃりと肉の潰れる音が辺りに響く。その異常な行動の意味はすぐに明らかになった。確かに切り落とされたはずの腕が何事もなかったかのように再生されていたのだ。
「本来ゴーレムの主原料になるのは土。だけどあのゴーレムは違う--原料は……人間よ」
「悪趣味。どうりで臭うはず」
(人間を原料? そんな馬鹿な)
ロリウスはまさかと思いゴレームを凝視する。すると、ゴーレムの表皮が緩やかに蠢いているのがわかる。そして、その正体が幾つもの人間の顔や手足、それだけではなく、臓器、脳漿等をグチャグチャに練り上げたものが爛れ落ちる様であることに気付く。また、咄嗟のあまり先程までは気付かなかったが、今になって肉の腐ったような悪臭がロリウスの鼻を掠めた。
(オェッ)
ロリウスは思わず吐瀉物を撒き散らす。
「わかりましたー。臭いで気付かれたんですねー。ネクロマンスの知識を使って、人間を材料にしたから再生力は物凄いんですけど、この臭いがデメリットですねー」
エーデルは不気味な笑顔を崩さない。死人を弄んでいるにも関わらず、エーデルは一切の罪悪感がないようだった。
(狂ってる)
ロリウスは目の前の狂気に絶望を覚えて後ずさる。それは、以前熊の化物に襲われ時のものとはまた違う感情。殺されそうだとか死にたくないとかではない。自分が何度生まれ変わっても到底理解できない存在に対する純粋な恐怖だった。
「リノ、あのサイコパス女は私が殺る。リノはその腰抜けと屍肉の塊を任せる」
「もう、腰抜けなんて言わないの! ……でもオルカ、彼女は……」
「理解している」
オルカは心配そうに見つめるリノに背中を向けたまま親指を立てる。
「わかりました……くれぐれも無茶をしないで下さい」
「何の相談ですかー? もう殺ってもいいですかー?」
相変わらずの笑みを貼り付けたままつまらなそうにエーデが問いかける。
「黙れ。心配しなくてもすぐに殺ってやる」
そう言うとオルカは体勢を低くし、両の手で紅の大剣を固く握り締めてエーデに標準絞る。そして、地面を抉る程の踏み込みで一直線にエーデへと向かって行った。
鈍器でコンクリートを砕いたような音が響き渡る。
オルカの猛スピードのぶちかましを土の壁で防いだエーデ。しかし、オルカの勢いは止まることなく、土の壁ごとエーデを吹き飛ばすと、そのまま二人は森の闇の中に姿を消していった。
一方の屍肉のゴーレムは重低音の不快な雄叫びをあげ、リノとロリウスの方へと踏み出した。
未だ恐怖で動けないロリウスとは対照的に、リノは翡翠の宝杖を構えて立ち向かう。そして、
「ロリウスさん、私の背後にいて下さい。大丈夫です。今度は私が守りますから」
ロリウスの恐怖が少しでも薄れるようにと、こんな状況の中でもリノは優しく微笑むのだった。
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