第2話 自己紹介

無言の転生者と感情のない国

作者:janjan



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自己紹介

「さあ、あなたがいったいどこの誰なのか、何故あんなことができたのか、一から百まで全部話して下さい!」

 今にも壊れそうな木机を挟んで興奮気味のリノが男に詰め寄っていた。気のせいか鼻息も荒い。

 あの化け物を退治した後男はすぐに気を失い、気付けばこの古い小屋のベッドに寝かされていた。どうやら丸一日ほど目を覚まさなかったらしい。

 リノによればここは小さな村ということだったが人の気配はなかった。

「なぜ何も話そうとしてくれないのですか? なぜずっと無表情ですの? あっ……そうなんですね……私のことが嫌いなんですね……」

(いや、話したいのは山々なんだけど、話せないんだよ! だからそんな泣きそうな顔はしないでくれ!)

 そして、起きてからはずっとこんな調子でかれこれ小一時間ほどリノからの尋問を受けていた。

「リノ、埒があかない。拷問しよう」

 リノの横でつまらなそうに眺めていたオルカが割って入る。

(いやいやいや! この小娘何を言っちゃってるの? バカなの? 拷問とか意味わからないんですけど! 催すのはアレだけにしてもらっていいかな?!)

 首筋にひやりと冷たい感触。いつまにかオルカの右手に握られたどす黒い刃の短刀が、男の頸動脈に当てられていた。

 男は驚きのあまり硬直し、少しだけ漏らした。

「オルカ! やめなさい!」

 リノがオルカの右手を掴み止める。

「今、こいつ、なんか変なこと考えてた」

「そんなわけないでしょ! ごめんなさいね。この子、少し変わったところがありまして。ほら、オルカ、その物騒な凶器をしまいなさい」

「……わかった」

 渋々といった様子でオルカは短刀を収める。

(いや、いいんです。今のは俺が悪かったんです。完全に変なこと言ってました。ごめんなさい)

 心底謝罪をするリノに心から心の中で謝罪をする。

「ねえ、リノ。こいつ、もしかして喋れない」

「え? 嘘でしょ? そんなはずないわ! わたしは彼が魔法を行使するのを確かにこの目で見たもの。【失い人】に魔法は使えないはず……」

「【失い人】でなくても、喋れないことはある。病か、或いは呪いか」

「そんな……。そうですの? もしかしてあなたは喋れないのですか?」

 男はリノの質問にここぞとばかりに首を縦振りまくる。それはもう、鶏よりも必死に。

「なんてことでしょうか。もしかして、その絵画のように張り付いた表情も?」

 同じく鶏と化す。

「そうだったのですね。気付かなくてごめんなさい。では筆談にしましょう!」

 そう言ってリノは席を外すと、しばらくして紙のようなものとペンを持って戻ってきた。

「それでは、早速はじめましょう。あなたのお名前はなんですか?」

 リノはニコニコとはりきった様子で男にペンを渡す。それを受け取った男はリノとは対称的に疑念を抱いていた。

(いや、これ、書いたら通じるのか? 会話は聞き取れるみたいだが……不安だ)

 試しに自らの姓名を漢字で綴ってみる。恐る恐るリノとオルカの顔を見てみると、案の定クエスチョンマークが頭に浮かんでいた。

 それならばと、ひらがな、カタカナ、ローマ字と続けざまに書いてみるが結果は同じだった。

「ねえ、オルカ、これ読めますか?」

「読めない。そんな字は見たことない。芋虫にしか見えない」

(読めないのは仕方ないが、芋虫は余計だ! 字が汚くて悪かったな!)

 オルカの鋭い視線が男に刺さる。

(あれ? この子聞こえてね?)

 いや、恐らくとてつもなく勘が鋭い子なのだろう。

「これは困りましたね。遠い異国の文字なのでしょうか。仕方がないですね。ものすごく時間は掛かりますが、私たちの文字を覚えていただきましょう! いいですか? 『あいうえお』はこう書きます」

 リノは男からペンを取ってさらさらと文字を書く。

(なるほど。昔歴史の授業で習った象形文字みたいだな)

 男は頷いて、再びペンを握ると見よう見まねで書いていく。するとどうだろうか、書いたそばから全ての文字が消えていくのだ。

(なっ! 嘘だろ?)

「嘘でしょ……ありえないわ」

 その場にいる誰もが目を疑った。何度繰り返しても結果は同じ。男が書く文字はまるで気泡のようにできてはすぐに雲散霧消していく。

「それならば!」

 リノはペンを奪うと、一心不乱に何かを書き始めた。

「これならどうですか!」

 暫しの後できあがったのは所以五十音表のようなもの。

(なるほど。確かにそれならば可能かもしれない)

 リノの意図をすぐさま察知し、お互いに頷く。一方、オルカはつまらなそうにあくびをしていた。

「それではいきますよ! まずはこれが『あ』です! あなたの名前は『あ』から始まりますか?!」

 リノはまるで熱血教師のようにノリノリで質問を始め、男はその問いかけに応えるために首を振ろうとする。しかし、突然強烈な力が首を抑えつけた。

(首が触れない!)

「どうしたんですか? 早く答えて下さい! このままでは居残りですよ……って、えぇ!」

 異変はそれだけではなく、なんとリノが書いた文字がいつの間にかすべて無に還っていたのだ。

(徹底しているな。どうやら最低限のやりとりしか許されないようだ。この調子だとどんな方法でも無理だろう)

「呪い。間違いない。しかも、すごく高度な呪い」

 寝かかっていたオルカが呟く。

「解けないのですか?」

「無理。少なくても私たちではどうにもならない。蛇の道は蛇。【夜半の魔女】の魔女なら或いは」

「西の魔女ですか……」

 リノが一瞬眉をひそめる。しかし、すぐに元の笑顔に戻り続ける。

「でも、名前すら名乗れないのは不憫です……そうだ! とりあえず仮の名前だけでも私たちで付けてあげましょう!」

(え? それ必要? なんか嫌な予感するんだけど。でも、オルカはめんどくさいって反対してくれるよな)

「賛成」

(えぇ! いやいや! さっき俺の名前のくだりのすごいどうでも良さそうだったじゃん! むしろ寝てたじゃん! なんで即答で賛成なの?)

 オルカに目を向けると彼女はこちらを見て少しだけ口角を上げた。

(こいつ絶対悪いこと考えてるよ! 無茶苦茶な名前つける気だよ!)

「それでは私から。アーサー、なんてどうでしょうか?」

 リノが聖母マリアのような微笑みを向ける。

(それがいい! リノさん最高! 賛成! 大賛成! 英雄王万歳! オルカのターンの前に決めよう! )

 男は全力で首を縦に振ろうとするが駄目。謎の力でぴくりとも動かない。それならばと手で丸を作ろうとするが、全身金縛りのような状態でまるでいうことをきかない。

(動けっ! 動けっ! なんで動かないんだよ! 今動かないと何にもならないだろ!)

「却下。ちびるマン」

(おぉぉ前は黙ってろぉぉ! 絶対に聞こえてるよな? もよおしたのバカにしたの根に持ってるよな? てかさっきちびったのバレてるじゃねえか!)

「ちびるマンですか……。意味はわからないですが、響きは悪くはないですね。迷います」

(リっリノさん? おかしいよね? 絶対におかしいよね? ちびるマンになったらもう一回自殺しちゃうよ?)

「でも、少し長いので、チビルマ、なんてどうでしょう?」

(どうでしょう?ニコッ。じゃないよね! どこで切ってるの? ちびる魔って通り魔のちびるバージョンみたいなやつかな? 死ぬよ? 俺死ぬよ?)

「却下。リノ、それは安易。新しいの考えた」

(よし、いいぞオルカ。お前のことバカにして悪かった。ちゃんとしたやつで頼むぞ)

「ロリウス=コンスタント略してロリ=コン」

(アウトぉぉ! 色んな意味でアウトぉぉ! これ悪意あるよね? 絶対意味知ってるよね?)

「ロリウス……すごく良い名前ですね! それに決定しましょう」

 リノは瞳を輝かせて頷く。

(終わった。人として終わった)

 当然男の声は届くはずなく、阻止することは叶わない。これからはロリウス=コンスタント、すなわちロリ=コンとして生きていかなくてはならない。

 オルカはとても満足そうな微笑を浮かべていた。

「それでは改めまして、私はリノ=リノッサ。齢16歳のふつつか者ですがよろしくお願いします、ロリウスさん」

 立ち上がって純白のスカートの裾をつまみ軽く持ち上げてお辞儀をするリノ。優しく微笑む彼女は地上に舞い降りた天使のようで、その姿にロリウスの心は震え、頭がのぼせる。うまくは思い出せないが、これは確か思春期に感じた甘く切ない気持ち。とうの昔に置き去りした感情だ。

「では、オルカも自己紹介をして下さい」

「オルカ=ルカ。よろしく……ロリコン」

(お願いだからその呼び方だけはやめてくれ)

 聞こえないことはわかっていても、そう懇願せずにはいられないロリウスだった。

 

「さて、それでは本題に移りたいと思います。ロリウスさん、私たちに協力してくれないでしょうか? 私たちにはあなたの力が必要なのです」

 リノの強い意志が宿った紺碧の瞳がロリウスを真っ直ぐ捉える。

「すでにご存知であればすいません。異国の方とお見受けして少しだけお話しをさせてもらいます。ロリウスさんが見せたあの力は、この大陸では失われた力--いえ、正確には失われつつある、限られた一部の者にだけ扱える力です。私たちはそれを【魔法】と呼んでいます」

(やはり魔法か。化け物との戦いでリノが見せた力も、自分に宿った不思議な感覚も全て魔法なのだろう。現世で誰もが一度は憧れたはずの魔法をまさか自分が使えるようになるとは想像もしなかったが……)

「そして、魔法の源は感情にあります。人間の持つ強い想いを形にしたものが魔法なのです。感情なくして魔法は成り立ちません。また、魔法は一次感情の種類でその属性を変え、それぞれ【容認=光】【不安=水】【動揺=風】【感傷=氷】【倦怠=闇】【苛立ち=火】【関心=土】【安らぎ=雷】の8つの系統に大別されます。例えばロリウスさんが戦いでみせた【雷纏】は【安らぎ】の感情に起因する雷属性の魔法で、私の癒しの魔法は【容認】の感情に起因する光魔法というように。それぞれの性格によって得意、不得意な魔法があります。例えば、怒りっぽい人は火の魔法が得意な一方で、心配性の人が得意とする水の魔法は苦手といった感じです。ひと昔前までは大陸に住むすべての人々が豊かな感情を持ち、誰もが魔法を使うことができました」

 リノの表情が曇る。

「しかし、今から十二年前に【万感の英雄】が起こした【夜明けの革命】により、現在魔法を扱える人間はたった2パーセントしか存在しません。言い換えれば全人口の98パーセントの人々は魔法が使えない--つまり、感情が失われているのです。そして、私たちは感情を失ってしまった人々を【失い人】と呼んでいます。失い人となれば感情を失い、言葉を失い、表情を失い、そして生きる意味すら失ってしまうのです」

(なるほど、少しこの世界のことが理解できた。だから彼女たちは言葉を喋れない俺を【失い人】と呼んだのか。しかし何故だ? 何故【万感の英雄】とやらはそんな無茶苦茶な革命を起こしたのだろうか)

 ロリウスの抱いた疑問は伝わることなく消える。

「私達はそんな希望を失った世界を変えるために旅をしています。世界に感情を取り戻すための旅です。ロリウスさんがどこから来たのか、何故言葉を紡げないのかは分かりません。しかし、それは些細なことです。【神の八剣】ーーあなたが振るったあの剣、【カラドボルグ】のことを私たちはそう呼んでいます。それに選ばれたあなたには世界を変える力があります。そして何より……あなたは私を守ってくれた優しい人。あなたのその感情を信じたいのです。だから、どうか、ロリウスさん。私達と一緒にこの世界を救ってくれませんか?」

 リノは決意の瞳でロリウスを見つめ右手を差し出す。

『ぬしはそこで感情を取り戻す旅へ出るのじゃ』

 神様少女の言葉がフラッシュバックする。

(そうか。そういうことか。あの言葉の真意が解った。これが俺の生まれ変わりの目的なのか)

 ロリウスは真っ直ぐとリノを見つめ返す。伝わらないと分かっていても、表情に精一杯の想いをのせる。

(ならば決まっている。もうあの場所には戻りたくない。ましてや無間地獄なんてさらさらごめんだ。何より、もう現世での失敗は繰り返さない。俺に与えられた力が何なのかわからないし、助けられるかもわからない。でも、この気持ちだけは確かだ。取り繕う言葉も、誤魔化すための表情もないから、この感情を信じて俺は生きていく。彼女と共に行きたい!)

 差し出された手を両手で固く握り、頷いた。

「それは……オッケーの合図ですよね? 嬉しいです! ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」

 リノは笑顔を弾けさせながらブンブンと繋いだ手上下に振って喜びを露わにする。

(喜んでくれてよかった。それにしてもリノの手、温かくて、柔らかくて、最高です!)

 もし喋れたとしてもこれはとても口に出せない。表情がもしあれば緩みきっていたに違いない。

「……チッ」

(オルカさん? 今舌打ちしなかったかな? 冗談だよ?)

 オルカにだけは言葉が通じているように思えて仕方がない。

「そうと決まれば早速向かいましょう!西の王国と【ホーリコ】へ!」

 善は急げとリノは立ち上がる。が、首を横に振り、また座りなおした。

「いえ、その前に西ノ森--【夜半の森】へ向かいましょう。ロリウスさんの呪いを解くのが先です。今日はゆっくりと休んで明日の朝出発しましょう」

 小屋の窓から射していた光は朱色に変わり、間も無く夜の帳が落ちようとしていた。

 どこまでも優しい女性だ、とロリウスは思う。しかしその反面、僅かに薄暗い感情が渦巻いた。

「懸命。この男はどうでもいい。呪いのことは少し気になる」

(オルカさん? 冷たくない?)

 何はともあれ出発は明日。今日は三人仲良く同じベッドでゆっくり休もう……なんてことはなく冷たい床で一夜を明かすロリウスだった。

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