Ⅷ-2 審査
秋が近付くと、地郷公安部銃器部内はそわそわと浮き足立ってきた。
設部されて最初の審査が行われる。それが、地郷公安部長の御前で開かれることが決まり、部員たちの間に緊張が高まった。
評価されれば、昇進、昇給が確実だ。逆に粗相をすれば免職どころか、その場で銃殺されてもおかしくないと、噂が広がる。
「はいはい、変な噂に振り回されないの。今のみんなの実力を見せてもらう機会ってことだから、気負いすぎずに」
コウが和やかに言うが、肩の力が抜けない部員が少なからずいた。
「これじゃ、もう一方の来賓については言わない方がいいね」
銃器庫に戻り、コウは悪戯っぽく片目を瞑って見せた。
「もう一方?」
「ミカドの目とも言われる大臣がお見えになるって話。成績優秀者の何名かを、ミカドの近衛に抜擢したいらしい」
「そりゃまた、話が大きくなってるな」
「審査は公開で、抽選で六百名ほどの地聖町民が観に来るらしいし」
「へぇ」
柔らかな布で長銃の銃身を拭くマサキに、コウが顔を近づけた。鼻の頭が触れ合いそうな所まで近付かれ、マサキは閉口した。
「まーくんは興味なしかぁ」
「ないよ。俺は、今まで通り普通に支部勤めできてりゃ十分だ」
「欲がないなぁ。まーくんの腕なら、中央だって行けると思うけど」
地郷公安部を仕切る身分になれば、現状を変えることも出来るだろうか。ふと、頭の隅を掠める考えがあった。直後に打ち消す。
たとえ地郷公安部の頂点に立ったとしても、そこはミカドを頂点にした地郷政府の足元にすぎない。テゥアータに戦いを挑もうとする動きを止めることは出来ない。
「コウは、どうなんだ? 近衛になりたいのか?」
逆に振ると、コウはそうだな、と垂れ気味の鳶色の目を細めた。
「俺は、まーくんと一緒ならどこでもいい」
「……その言い方、やめろ」
磨き終わった長銃を所定の棚へしまい、鍵をかけると、追いすがるコウを扉で遮ってマサキは銃器庫を後にした。
コウが言ったとおり、審査会場の一角に見学席が設けられ、期待と興奮に満ちた顔がひしめいていた。
「どどどどどうしたらいいですか」
控え室としてあてがわれた天幕の中で、緊張しすぎる部下たちを宥め回るのに忙しく、マサキは自分の番が来るまで十分に審査の内容を知ることが出来なかった。
定期的に銃声が重なり、人々の歓声やどよめきが上がっては消える。審査を終えた者は順次別の口から帰らされるので、様子を聞くことも叶わなかった。
マサキたち指揮官や補佐官レベルの者は、最後に残された。いずれも古くからの射撃手たちで、顔と名前だけは知っている者もいた。互いに会釈をしながら待たされた。
ピリピリした空気の中、マサキだけは平常通りに天幕内の片付けをしていた。東守口支部の部員が忘れていったタオルを回収したり、敷かれた莚を丸めたりする姿に、顔見知りの補佐官が嘲笑した。
「さすがは最優秀者候補と目されるマサキ殿だな。そんな、処理班の手伝いをする余裕があるとは」
離れたところで聞いていたコウが身じろぎをした。当たり障りのないよう、マサキは苦笑顔を作った。
「自分は、長銃は苦手で。身体を動かしていないと落ち着かないのです。お気になさらないでください」
相手は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、それ以上は言ってこなかった。丁度そのとき、マサキたち補佐官の番が回ってきた。
係りの者について、一人ずつ囲いのある射場へ案内された。
囲いは左右二方が壁となり、正面は衝立で隠されていた。衝立が倒れたら即座に的を見出し、撃つように指示される。的を射る正確さと反応の速さを審査するようだ。
使用する銃を手渡される。
(実弾、か)
訓練では空砲を使用していた。久しぶりに扱う実弾に、重みを感じた。
壁に遮られて見えないが、来た方と反対側に観覧席があるのだろう。多数のざわめきが聞こえていた。
一段とどよめきが大きくなった。天幕で聞いていたものと違い、歓声というより戸惑いを含む人々の声に、マサキの胸もざわついた。
考える間もなく、衝立を支えていた綱が放たれた。がたりと音を立て、視野が開けた。
構えたマサキは、全身を凍りつかせた。
的の位置に、紫色の後頭部があった。立たされた身長からして、まだ子供だ。目隠しをされ、足は地面に打ち込まれた杭に縛りつけられていた。
隣の囲いからも、動揺が伝わった。
が、どこかから銃声が響く。催眠術の合図であるかのように、こちらから、あちらから炸裂音が続いた。
マサキの位置からも見える両隣の「的」が、身をのけぞらせ、ぐったりと力を失う。
シズクの最期の姿が、幼いハジメの後ろ姿が彼らに重なった。
(できない)
しかし、引き金を引かないことには囲いから出ることも叶わない。
マサキは顔を伏せた。銃口を完全に下げ、引き金を引く。抉られた土が足元に散った。
子供の泣き声があがった。塞ぐことの出来ないマサキの耳に、銃声が刺さった。
泣き声が、フツリと切れる。
「残念ですね」
振り返ると、いつぞや本部の屋内射撃場で顔を合わせた副本部長が、手を後ろに組んでにこやかに立っていた。一歩下がって控えた男の銃口から、硝煙が消えるところだった。
「腕がありながら、心が伴わないとは。非常に残念なことです」
男の踵が、マサキの腹部めがけて繰り出された。
逃れる場所もなく、重い衝撃に腹を抱えてうずくまる。その肩を踏みつけられ、頬の下で土が鳴った。
即頭部に、まだ熱を持った銃口が押し当てられた。
副本部長の顔は、笑みをたたえたままだ。
このまま撃ち殺されるのか。サクラとハジメを思い、目を瞑るマサキの耳に、楽しそうな副本部長の声が踊った。
「その様子では、性根を入れ替えられる可能性が残っているようですね。楽しみにしていますよ」
体が軽くなる。痛みを堪えながら立ち上がるころには、二人の男の姿は消えていた。
足を引きずり、事務的な係員の案内に従って会場を後にした。背後からは再び、どよめきと銃声、悲鳴が湧き起こっていた。
東守口町に入ったところで、コウに追いつかれた。
「どうしたんだ、その傷。せっかくの顔が台無しじゃないか」
気遣いながらも軽口が出るのは、気が高ぶっているからだろう。マサキはぶっきらぼうに、経緯を話した。
コウが目を見開いた。
「撃たなかったのか」
「撃ったんだ、お前は」
「当たり前だろ。あの状況で命令を無視できるほうが異常だよ。よくまあ、生きてここに居るな」
当然のような口ぶりに、マサキはこみ上げる怒りを辛うじて抑え、口の端に固まりかけた血を拭った。
「俺が地郷公安部員になったのは、こんな無駄な人殺しをするためじゃない」
「仕方ないよ。そりゃ、俺だってまさか公開処刑が審査だと思わなかったけど」
どうやら、一般の部員は木の的を使用した審査だったようだ。
こみ上げる怒りを、マサキは吐き出さずにいられなかった。
「処刑だって? 彼らが何をしたんだ。罪状は? 俺の前に引き出されたのは、まだ子供だったんだぞ」
剣幕におされ、コウが身を引いた。困惑顔で、人の良い焦げ茶色の眉の両端を下げた。
「だけど、俺たちは地郷公安部員だよ?」
諦念が色濃く浮かぶ親友の表情を見るに耐えなくなり、マサキは顔を背けた。痛む肩に担いだ荷物を直し、足音荒く立ち去る。
(見損なった)
コウなら、分かってくれると思っていた。
情勢がどんなに厳しくなろうと、彼だけは同志でいてくれると信じていた。
表面上は忠誠を近いながら、腹の底では無意味に処罰を受けるテゥアータ人やその形質を持つ人々や、重税に喘ぐ民の味方だと。
(もう、我慢ならない)
追われても、サクラとハジメの為に行動した結果なら、何であっても受け入れられる気がした。
遠く背後から通信機の着信音が聞こえた。応じるコウの声も、微かに耳へ届く。
支部へ戻るよう命令されていたが、マサキは官舎へ続く道へ逸れた。
「どこへ行く」
横から野太い声がした。
反射的に立ち止まってしまい、マサキは唇を噛んだ。向き直ると、支部長が立ちはだかっていた。彼が立つと、荷車が余裕で通れるはずの通りも狭く感じられた。
マサキは頭を下げた。
「具合が悪いので、今日は直帰させていただきます」
ふん、と鼻を鳴らされる。次に飛ぶのは拳か、膝かと構えたマサキは、背後から腕をねじ上げられた。
腰の後ろで、両手首が重くなる。冷たい金属の感触に、思わず身をよじった。が、動きを封じるように肩をつかまれた。
「地郷公安本部の命令により、東守口支部銃器部補佐官マサキを、命令執行無視と反逆の疑いで拘束する」
耳元でコウが低く囁く。
支部長が頷いた。
「身柄は東守口支部にて預かる。経過次第で今後の処置を考える」
目の前が暗くなった。拘束されれば、山に潜む母子のために動くことすら封じられてしまう。
気が付くと、身を縮め、後ろで手錠を嵌められた腕を勢い良く振り上げていた。
コウがひるんだ隙に、支部長の脇をすり抜ける。
踏み込んだ足の付け根に痛みが走った。審査会場で受けたダメージが響く。
太い腕に肩をつかまれ、引き倒された。鳩尾に拳を入れられ、意識が遠のく。
「逃亡未遂を付加」
地面から足が離れ、頭が低くなったのを感じた。
「さすがに重いな」
噛み潰したような呟きの後は、意識に残らなかった。
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