第5話 とある男。

 ……………………………………………………

 ―やっちゃっタ、やっとこサ!

 待ちわびタ、このときヲ!

 さぁおいデ?僕のシープ!―

 ……………………………………………………


 俺は固まる。

 そんな、馬鹿な。

 上がる悲鳴。ざわつき。苛立ち。喧騒。

 そして、混乱。


 頭の中は、真っ白だった。

 そこに、色を塗ったのは、


「おい。」


 という、ぶっきらぼうな声。


 振り向くと、俺と同じくらいの背丈をした、同じ学校の制服を着た綺麗な顔の人。


 男と気づくまでに少し時間がかかるほど。

 女より綺麗と言っても過言ではないくらいだった。


 だが、


「何してんだよ。

 ボーッとしてる暇はねぇよ。」


 と、態度は非常に荒々しい。


 驚きで声を出せずにいると、


 少し長めの漆黒の髪をさらっと揺らめかし、

 俺を射抜くような鋭い目で言った。


「Wonder Mindへ」


 そうして、華麗に僕の前にひざまずき、手を差し出した。

 その動きは、とても優雅で、目を奪われた。

 さらに、ふっと微笑み、


「ご案内致しましょう。眠れる子羊さん。」


 突然の出来事に動くことができないでいる俺の手を取り、


 今まさに、

 電車が通過しようとしている、

 反対のホームの線路へくるりと振り向くと、

 不敵にクスッと笑い、


 俺の手をグイッと引っ張った。


 そして、俺をふわっと抱きとめた。


「大丈夫。死ぬ時は一緒さ。」

 と、不意に掠れた、色っぽい声で囁かれ、

 また、頭が真っ白になる。


 だが、気づいた時には、俺たちの体は線路に傾き始めていた。


 抵抗する時は一時もなかった。


 俺に微笑みかける綺麗な顔を見ながら、


 ああ、なんて鮮やかで、綺麗な犯行なんだ

 と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る