エピローグ

152

 ―東京ドーム、メイクルーム―


「やだ、かめなしさん。まだ塗るの?顔が白壁みたいに真っ白になっちゃうよ。これじゃあ、のっぺらぼうか雪女だよ」


「雪女って、NAGIは妖精なんだよ。こら、優香じっとしてろ。じっとしないとキスするよ」


 私は動きを止め瞼を閉じた。

 獣耳を斬り落としたNAITOが、リアルな猫耳のカチューシャを頭につけ、尻尾を振りながら、口を蛸みたいに尖らせる。


 背中に妖精の羽がついたコバルトブルーの衣装を身につけた私に、徐々に顔を近づける。


 ウルフのメイクをしていたTAKAは、横に手を伸ばし、NAITOの頭をバシッと叩く。


「ナイト、いい加減にしろよ」


「いてぇな。いいじゃん、チューくらい。優香との同棲を諦めて、タカのマンションで暮らしてやってるんだから」


「……っ、とはなんだ!」


「だって本当じゃん。なぁセガ、俺達は好きな女と暮らしたいのに、タカがスキャンダルとか気にしてガミガミ煩いから。大体、自分は勝手に交際宣言しておいて、俺達だけオアヅケってあんまりだよな」


「俺は交際宣言したが、優香との同棲も結婚も我慢してるんだ」


 ドラキュラのメイクをしながら、SEGAが鼻で笑う。口元にはキラリと牙が覗く。


「タカの恋人がナギの振りをしてるなんて、ファンやマスコミにしれたら、それこそ大騒ぎだぜ」


「……セガ、優香はまだタカの恋人じゃねぇ。だ」


「ナイト、それすぎるから、もう諦めろ」


 初めてのライブ。

 メイクルームでみんなは言いたい放題だ。


 NAITOは人間になっても、私の中ではずっと猫のまま。俺様で生意気で意地悪なかめなしさん。


 でも……人間になった今でも、大切な家族なんだよ。


 猫といえば……

 公園で拾った可愛い仔猫。


 本当に、私の代わりに働けるのかな。

 今日は土曜日、午後三時まで開院している。


「はい、メイク完了!」


 ナイトにポンと頭を叩かれ瞼を開けると、鏡の中には異世界ファンタジーのNAGIがいた。


「……凄い。本物みたい。鏡の中にナ、ナギがいる!」


「本物だよ、今日から優香がNAGIだ」


 目の前には、メイクをしステージ衣装を身につけたTAKA、NAITO、SEGA。


 私達は円陣を組み右手を重ね、見つめ合う。薬指のサファイアがキラリと光を放った。


「楽しもうぜ!」


「「「オー!!」」」


 四人でステージに向かう。

 観客席では、すでに私達の名を呼ぶ大歓声が聞こえる。


 ――トクン……トクン……。


 この鼓動の高鳴り……。


 全身が痺れるほどに、私は興奮している。


 ステージの中央にTAKA。ギターのNAITO。ドラムのSEGA。夢のような世界。


 私は緊張の面持ちで、キーボードの前に立つ。


 震える指先、本当に弾けるのかな。


 TAKAが目で、みんなに合図を送る。

 

 演奏が始まると同時に、レッド、ブルー、イエロー、グリーン、四色のスポットライトが眩い光を放ち私達を照らした。


「タカー!セガー!ナイトー!ナギー!」


「キャアーー!」


 観客のボルテージは一気に上がる。


 異世界ファンタジーの曲は全部知っている。


 私なら……

 弾ける。


 絶対に、弾ける。


 大好きな異世界ファンタジーのメロディを。


 私の指はメンバーの軽快な音にいざなわれ、キーボードの上で軽やかに躍った。




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