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 ――翌日、両親と人間になったかめなしさんと四人で朝食を食べる。かめなしさんと並んで珈琲を飲むなんて、今まで想像もしたことがなかった。


 両親はエルフの魔力により、かめなしさんを従兄だと信じて疑わない。


 ――矢吹君の車で病院にいつもより早めに出勤した私。かめなしさんに送って貰うなんて、未だに信じられない。


「わかってるだろうな」


「かめなしさんに言われなくてもわかってます」


 矢吹君との恋は錯覚なんかじゃない。

 だって……プロポーズされたんだから。


「かめなしさんこそわかってるよね。矢吹君に車を返したら、そのまま矢吹君のマンションで暮らしてね。同居なんて絶対にムリだし、矢吹君もそのつもりなんだから」


「そんなに拒否らなくても、わかってるよ」


 ほんとかな……。


 かめなしさんと別れ、裏口から動物病院に入る。ロッカールームで制服に着替えフロアに出ると、倉庫でゴトゴトと物置がした。よく見ると白衣が揺れている。


「……北川先生?おはようございます」


「上原さん?随分早いね。どーしたの?」


 ドッグフードを抱えた北川先生が、私を真っ直ぐ見つめた。その眼差しはとても優しい眼差しだった。


 北川先生と交際して数ヶ月。

 北川先生はいつも優しく私を包み込んでくれた。私はそんな北川先生の気持ちを、寂しさを紛らわすために利用したに過ぎない。


「北川先生、お話があります」


「なに?いい話?悪い話なら……聞きたくないな。入院している犬の餌を補充しないといけないんだ」


「北川先生それは私がやります」


「いいよ。まだ勤務時間じゃない」


「北川先生……ごめんなさい……」


 私は北川先生に深々と頭を下げた。


「どうしたの?」


「私……もう北川先生と付き合えません」


「どうして?」


「……ごめんなさい。好きな人のことが忘れられなくて。私、北川先生の優しさを……利用していました」


「俺は上原さんのことが好きだよ。本気で結婚したいと思ってる。俺じゃダメなの?その人じゃないと……ダメなのか?」


「……私……北川先生のこと……」


 涙がポロリとこぼれ落ちる。


「上原さん、泣かなくてもいいよ。そんな気はしていたんだ。俺といてもいつも上の空で誰か他の人のことを、考えていることくらいわかってた」


「……ごめんなさい」


「でも、俺は……それでもいいと思っていたんだ。いつか……その人のことを忘れてくれると信じていたから」



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