121
――翌日より、先生は何かと私に用事を言い付ける振りをし、そっとメモ用紙を渡した。
【今夜、食事どう?】とか、【日曜日、映画行かない?】とか。
子供みたいにニカッて笑って、メモ用紙をこっそり渡す。メールをしてくれれば、要件は済むのに、敢えてメモ用紙を渡して、スリルを楽しんでいるかのようだった。
オフィスラブじゃないんだからね。
北川先生オトナなんだから、ちゃんとして欲しい。
そう思う反面、その笑顔が憎めなくて、私の口元も自然と緩む。
二人だけでデートするのは、北川先生に申し訳なくて。心を偽ったまま交際を続けることに、強い罪悪感がある。
だからいつも【ごめんなさい】とか、【その日は都合が悪くて】とか、見え透いた嘘で断る。
北川先生からの着歴や、新着メールはどんどん増えていき、矢吹君からの既読メールや着歴が後方に追いやられていく。
それが寂しくて溜まらない。
――あの日から……
私は矢吹君と連絡を取っていない。こんなに苦しいのに、月日はどんどん流れていく。
矢吹君はテレビやラジオ、雑誌にも掲載され、どんどん有名になっていった。異世界ファンタジーのボーカルということが公表され、世間の注目度は高い。
映画の撮影も順調で、アメリカにも渡米した。
一月からの主演ドラマも決まっていたんだ。
矢吹君の情報は、矢吹君からではなくテレビのワイドショーや週刊誌の記事で知った。
私達は……
あの日に、本当に終わってしまったんだ。
――クリスマス。
週刊誌に矢吹君と風月桜の記事がまた掲載された。
【矢吹貴、風月桜 熱愛】
熱愛……。
たった二文字が、私の寂しい心に突き刺さる。
矢吹君……
好きな人が、出来たんだね。
私は……
矢吹君の心の中に……
もう……いないんだね。
一人でいると……
涙が溢れる。
忘れるなんて……
やっぱり無理だったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます