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 ――翌日より、先生は何かと私に用事を言い付ける振りをし、そっとメモ用紙を渡した。


【今夜、食事どう?】とか、【日曜日、映画行かない?】とか。


 子供みたいにニカッて笑って、メモ用紙をこっそり渡す。メールをしてくれれば、要件は済むのに、敢えてメモ用紙を渡して、スリルを楽しんでいるかのようだった。


 オフィスラブじゃないんだからね。

 北川先生オトナなんだから、ちゃんとして欲しい。


 そう思う反面、その笑顔が憎めなくて、私の口元も自然と緩む。


 二人だけでデートするのは、北川先生に申し訳なくて。心を偽ったまま交際を続けることに、強い罪悪感がある。


 だからいつも【ごめんなさい】とか、【その日は都合が悪くて】とか、見え透いた嘘で断る。


 北川先生からの着歴や、新着メールはどんどん増えていき、矢吹君からの既読メールや着歴が後方に追いやられていく。


 それが寂しくて溜まらない。


 ――あの日から……

 私は矢吹君と連絡を取っていない。こんなに苦しいのに、月日はどんどん流れていく。


 矢吹君はテレビやラジオ、雑誌にも掲載され、どんどん有名になっていった。異世界ファンタジーのボーカルということが公表され、世間の注目度は高い。


 映画の撮影も順調で、アメリカにも渡米した。


 一月からの主演ドラマも決まっていたんだ。


 矢吹君の情報は、矢吹君からではなくテレビのワイドショーや週刊誌の記事で知った。


 私達は……

 あの日に、本当に終わってしまったんだ。


 ――クリスマス。

 週刊誌に矢吹君と風月桜の記事がまた掲載された。


【矢吹貴、風月桜 熱愛】


 熱愛……。

 たった二文字が、私の寂しい心に突き刺さる。


 矢吹君……

 好きな人が、出来たんだね。


 私は……

 矢吹君の心の中に……

 もう……いないんだね。


 一人でいると……

 涙が溢れる。


 忘れるなんて……

 やっぱり無理だったんだ。




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