120
カサッと音がし、思わず俯く。
矢吹君だったらどうしようって、本気で思った。そう思ったら、怖くて振り向けなかった。
『優香、気持ちがないくせに、どうしてハイなんて言うんだよ』
「……か、かめなしさん!?だって……」
『寒いから、早く家に入れ。遅いから心配したんだよ』
「……うん」
家の中に入ると、急に体の力が抜けヘナヘナと土間に座り込んだ。
かめなしさんが私に近付き、ポンポンと頭を叩いた。
『矢吹のやつ、優香に振られて暫く突っ立ってたぞ。有名人の自覚ゼロだよな。またスクープされたらどーすんだよ』
「……うそ」
『俺、矢吹と優香が喧嘩してるの見たんだ。まあ俺は、別れて正解だと思ってるけど。本当にこれでいいのか?矢吹のこと、めっちゃ好きなんじゃねぇの?』
かめなしさんの一言で、張り詰めていた心の糸が切れた。
ダムが決壊したみたいに、涙がどんどん溢れてくる。
めっちゃ……好きだよ。
矢吹君以外……好きになれないよ……。
矢吹君の傍にずっといたいよ……
本当は別れたくないよ……。
膝を抱えて、私はわんわん泣いた。
『優香、ママとパパに聞こえるよ。二階の部屋に行こう。今夜は俺がずっと傍にいてやるから。優香は矢吹のために、わざと嫌われるような態度をして、別れたんだよな?』
「……うっうっ」
かめなしさん……
私の気持ち、全部見抜いているんだね。
私の心の中を……全部……。
かめなしさんが私を両手で抱き締めた。
ギュッと抱き締められ、不思議な感覚に支配される。
『優香……、俺もお前のことめっちゃ好きだよ』
いつもなら、「バカだね」って、笑って誤魔化すのに、今日は涙が溢れた。
かめなしさんの言葉が心に沁みる。
『俺が猫じゃなかったら、男として見てくれるのか?』
かめなしさんが一人の男性なら……。
私は北川先生ではなく、かめなしさんの優しさに縋っていたかもしれない。
『めっちゃ好きだから』
「……バカだね。かめなしさんは猫なんだから」
かめなしさんの腕の中は、綿菓子に包まれてるみたいに、ふわふわしてあったかいね……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます