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美味しいおでんを堪能し、日本酒でほろ酔いし、私達はタクシーに乗り込んだ。
「家まで送って行くよ」
「き、北川先生、駅までで大丈夫です」
私はそう言ったけど、北川先生はちゃんと家まで送ってくれた。
タクシーを降りる寸前、北川先生が私の目を見つめてこう言った。
「上原さん、また二人で逢ってくれないかな?」
「……えっ?」
「同じ職場で、こういうのはきっとまずいんだろうけど、俺と付き合って欲しいんだ」
「わ、私と……!?」
私はテンパっている。
だって、北川先生に交際を申し込まれたんだよ。
驚き過ぎて、「あわわわ……」って両手をバタつかせ、声がうわずった。
「君はまだ若いけど、俺はもう三十過ぎてるから、真剣に付き合いたいんだ。実は上原さんが当病院に入った時から、ずっと好きだったんだ」
いつもクールな北川先生が恥ずかしそうに笑った。
私は、北川先生のことをそんな風に考えられないよ。
北川先生の優しさやあったかさは、今日一日で十分伝わったけど……。
もしも交際を断ったら、仕事をクビになるのかな。
クビにならなくても、一緒に働けないよね。
だって北川先生は経営者だから。
玄関の前に人影が見えた。
――まさか……矢吹君!?
矢吹君とは別れるって、そう決めたんだ。
待ち伏せしたって、もう二度と逢わないんだから。
タクシーから降り、北川先生に視線を向けた。
「あはは、ごめん。酒に酔って告白するなんてダメだよね。でも、君への気持ちは嘘じゃない」
「ありがとうございます。私で良ければ……」
「本当!?嬉しいな!でも、交際していることは職場では内緒にしよう。女性って、煩いからね」
「はい、みんなには言いません。北川先生、今日はご馳走様でした」
「二人の時は先生はやめてくれ。名前でいいよ」
「……えっ?」
いきなり名前でなんて呼べないよ。
無理無理……。
そんなこと、絶対に無理。
矢吹君だって、名前で呼べないんだから。
「おやすみなさい」
「おやすみ、明日病院で」
「はい」
私はタクシーを見送る。
いいの?優香……?
これで……本当にいいの……?
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