118

 おでん屋!?


 キャラが違うよね?


 北川先生なら、高級フレンチとかイタリアンとか、そんなイメージだったから。


「行こう」


「……はい」


 タクシーに乗り、私達は北川先生の行きつけのおでん屋に向かった。


 赤い暖簾は変色し、長年ここで開店していることが見てとれる。店は小さくてカウンターしかなくて、全然お洒落な雰囲気ではなかったけれど、店内はすでに満席だった。


「へいらっしゃい!先生、珍しいねぇ。可愛い女の子連れちゃって」


 店主が威勢のいい声で話し掛けた。


「やだな親父さん、今夜は満席だね」


「今すぐ空けるよ、任せて。先生の為なら、即、空けちゃう。お〜い!母ちゃん、一番奥に席二つ用意して」


 店主はカウンター席の客に無理矢理詰めてもらい、私達は一番奥に並んで座った。


「一度この店のおでんを食べたら、他のおでんは食べれない。大根もコンニャクも玉子もちくわも全部うまい」


 北川先生は大好物を前に、頬を緩ませた。


「いい匂いですね。美味しそう」


「好きなものどんどん頼んで。ビールにする?日本酒にする?」


「北川先生と同じもので……」


「じゃあ、親父さん、熱燗とおでんはおまかせするよ」


「あいよっ!じゃんじゃん出すからね。お嬢さん、たくさん食べてね」


「……はい」


 私は熱々のおでんを食べながら、北川先生と色んな話をしたんだ。


 北川先生は仕事の話は全然しなかった。

 ライブの話や趣味の話。サーフィンや登山、スキー、釣り。北川先生はインテリだと思っていたけど、多趣味でスポーツマンだった。


 話をしていると、八歳も年上だなんて思えないくらい楽しくて面白くて。


 でも時折見せる顔は、やっぱりオトナで……。


 矢吹君のことを考えながらも、家族と一緒にいるみたいに、何故か心が穏やかになれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る