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 ――日曜日、ライブ当日――


 ライブ開始は午後六時から。

 北川先生との待ち合わせは、東京ドームで五時。


『優香、どこに行くんだよ』


「み、美子とライブだよ」


『なんだ、美子か。車や不審者には気をつけていけよ。ていうか、心配だから俺も行こうかな』


 なに言ってんだか。


「猫はライブ会場に入れないからね。行ってきまーす」


『ちぇっ』


 バタバタと身支度を整え、午後四時過ぎに家を出た。


 ――ププッ……


 バス停に向かう途中、背後からクラクションを鳴らされた。


 振り向くと、矢吹君の車……。


 運転席にはキャップを目深に被り、サングラスを掛けてる矢吹君。


 車がゆっくりと近付く。真横に車が止まり、窓がスーッと開いた。


「……よかった、すれ違うところだった」


 矢吹君がサングラスを外して笑った。

 どうしてそんな時に笑っていられるの?


「今日……仕事は……?」


「オフを貰ったんだ。ごめんな。もっと早く来るつもりだったんだけど。優香、体調はどう?もう大丈夫?」


 私の体調が悪かったこと、どうして知ってるの……?


 矢吹君……

 そんな……優しい目で……


『ごめんな』なんて、言わないでよ。


「何処か行くの?」


「……うん」


「そっか、時間全然ない?大切な話があるんだ」


 それって……

 風月桜のことだよね?


「ごめん、急いでるの」


 私は、矢吹君の目を正視出来ない。


 顔を伏せたまま、矢吹君に背中を向けた。


「……待てよ」


 矢吹君が運転席から降り、私の手を掴んだ。


「痛いよ……」


「ごめん……」


 矢吹君が手を離した。掴まれた手が、ジンジンと熱を放つ。


「矢吹君これ返すね……」


 私はバッグから、矢吹君のマンションの鍵を取り出した。


 それを矢吹君に返す。


「なんのつもり?優香……。もしかして、を言っているのか……」


 あのこと……?

 そうだよ。


 風月桜とのスキャンダル……。


「矢吹君と私は……違うんだよ」


「俺達の何が違うんだよ。ちゃんと説明するから。俺は……」


「私達は住む世界が違うんだよ」


 感情が昂ぶり、涙が滲んだ。

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