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 ―北川動物病院―


 動物病院に到着し、真っ先にロッカールームに飛び込む。


 ロッカーの中には、私のバッグが残されていた。


 携帯電話には、昨夜矢吹君から着信が入っている。


 ずっと……待っていた矢吹君からの電話。


 それなのに……

 私が携帯電話を病院に忘れるなんて……。


 バッグもなく、私はどうやって家に帰ったのかな。


 やっぱり……変だよね。


「優香ちゃん、おはよう」


「藤崎先輩、おはようございます。あの……私……昨日どうかしましたか?」


「昨日?私、貧血で倒れちゃって。全然覚えてないんだけど、優香ちゃんも体調不良で早退したみたいよ」


 藤崎先輩は貧血で倒れたんだ。

 私も体調不良で早退?

 それでバッグを忘れたのかな?


「昨日、ネットニュース見たよ。本当は体調不良じゃなくて、ショックで早退したんでしょう」


「……ネットニュースですか?」


「彼が風月桜との密会写真をスクープされたみたいね。優香ちゃんの次は風月桜、有名人はモテるから心配だね」


「……嘘でしょう?」


「やだ。ニュース見てないの?朝の情報番組で騒いでたわよ」


 矢吹君からの電話は……

 そういうことだったんだ……。


 バッグの中にはMysteriousのライブチケット。


「……あれ?ない?」


 バッグの中に入れたはずのサファイアのリングがなくなっている。


「……嘘!?」


 誰かに……

 盗まれた……!?


 まさか……ね。

 きっと家に忘れたんだ。

 私の記憶違いだよね。


 ◇


 朝のミーティングで、婦長に『体調管理は自己責任、仕事に私情を挟まないこと』と注意された。きっと遠回しに矢吹君のことを言っているんだろう。


 病院で保護していたシャムとアメリカンショートヘアは、昨日病院から逃げ出したらしく、どこに行ってしまったのか行方不明らしい。


 藤崎先輩の貧血と私の早退が、その件に絡んでいないのか不安は過ぎったか、それを婦長に聞く勇気もない。


 一日の仕事を終え、バッグの中からチケットを取り出した。


 ライブの開催は今週の日曜日だ。

 北川先生のくれたチケット。


 返すつもりだったけど、行くと決めた。


 私よりも、風月桜と交際した方が矢吹君にとってきっとプラスになる。私が北川先生と交際すれば、矢吹君が私に罪悪感を感じなくてすむ。


 そうだよね……。

 矢吹君……。


 携帯電話を見つめ、震える指先で矢吹君の着信履歴を消去した。






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