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『しょせん、無理な話だ。俺みたいに全てを捨てる覚悟がないと、優香を幸せになんて出来ない』


 かめなしさんに言われなくても、ちゃんとわかってるんだ。


 矢吹君は映画だけではなく、テレビのトーク番組やバラエティーの出演も日増しに増えていく。現に今だって、トーク番組で矢吹君喋ってるし。


 矢吹君が、うんと遠い存在になってしまったことくらい、私が一番わかってるんだ。


 寂しくて……

 堪らないのに……。


 かめなしさんに『無理だよ』と言われただけで、涙が溢れてきた。


『泣くなよ。泣かせるつもりはなかったんだ。優香には俺がいるだろう』


 かめなしさんが、私の肩をそっと抱く。


「だっでぇー。もうずっと逢ってないんだよ。うぅぅ……わぁん」


『まったく。子供じゃないんだからさ。泣くくらいなら矢吹と拘わるなって、前から忠告してるだろう。ほら、俺の腕の中で泣きな。俺が抱いてやるから』


「か、かめなしさん!?」


 かめなしさんが私を抱き締める。

 体に体重を乗せられ、ズズッとベッドに体が沈む。


「うわ、わ、わん」


『お前は犬か。ワンワン騒ぐな。その可愛い唇、今すぐ塞いでやる』


「きゃ……」


 ――かめなしさんの唇が触れる寸前、携帯電話が音を鳴らした。


『またかよ。せっかくいい所だったのに。誰だよ、俺達の甘い夜を邪魔すんのは!』


 携帯電話の画面表示には……

 矢吹君の文字が躍る……。


 私はかめなしさんの腕をすり抜け、ベッドの上に置いていた携帯電話を掴む。


「もしもし!矢吹君!」


『優香、今日は仕事が早く終わったんだ。今すぐ逢いたい』


 矢吹君の声に……

 涙が溢れる。


「……ふえっ」


『もしかして優香泣いてるのか?何で泣いてんだよ。今、優香の家の前にいるから、出てこれる?』


「……うん。すぐに行く……。待ってて、すぐに行くから」






 




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