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「うふふっ、美咲さんが恵太を幸せにするの?恵太、もっともっと頑張らないと、男でしょう」


「わかってるて。美咲には尻に引かれっぱなしや。デカ尻やから、俺のハートは煎餅みたいにペッタンコや」


 下手くそな関西弁の恵太。その言葉が離れ離れだった月日の長さをしみじみ感じさせる。


 私と矢吹君は、恵太の元気な顔を見ることができ、安心して病室をあとにした。


 病院の外に出ると、秋空が広がり、爽やかな太陽の日差しが私達を照らす。


「少し大阪で遊んで帰ろうか」


「うん」


 危機的な状況で、恵太は本当の気持ちに気付いた。私よりも大切な人の存在に気付いたんだ。


 私も……

 自分の気持ちに、素直になりたい。


「うん!タコ焼き食べに行こうよ。私、矢吹君とジェットコースター乗りたい」


「だったら、テーマパークに行こう。東京だと、なかなか外でデート出来ないから。今日は優香と過ごしたい」


 矢吹君は私の手を掴むと、タクシーを止めた。


『東京だと、なかなか外でデート出来ないから』という矢吹君の言葉が、無性に寂しくて。


 今、目の前にある幸せよりも、これから先矢吹君が有名になってしまったらと思うと、不安で仕方がなかった。


 矢吹君……


 大好きだよ……。


 一年前よりも……


 何倍も……何十倍も……


 矢吹君の事が好き。


 私達は、大阪で思いっきり遊んだ。テーマパークでいっぱいアトラクションにも乗った。


 恐竜のアトラクションで、水面を滑走しずぶ濡れになって、前髪から滴垂らしながら、二人で爆笑したよね。


 矢吹君の笑顔が眩しくて……。


 私は矢吹君の笑顔を見ているだけで、幸せだったよ。


 でも矢吹君は、どことなく落ち着きがなかった。人の目を気にしているのか、時折立ち止まっては、周囲を見渡した。


 テーマパークのキャラクターが可愛くて、思わず走り出す私の腕を掴んだ。


「優香、キャラクターはやめておこう」


「どうして?可愛いから、一緒に写真撮りたい」


「中に誰が潜んでいるかわからない。危険だ」


「危険?矢吹君は俳優だけど、誰も危害は加えないよ。それに、キャラクターの中に誰か潜んでいるなんて、夢が壊れる」


「……ごめん、ごめん。さっきから誰かに見られている気がして」


 俳優の矢吹君。

 誰かに気付かれたとしても、不思議ではない。


 バカみたいにハシャイでいた私。

 矢吹君の立場を忘れていた。


 矢吹君は有名人……

 私とは、住む世界が違う……。



 


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