15


『優香、なんか嬉しいよ。俺らの気持ち分かってくれる人間、いねぇもんな』


「そう?みんな一生懸命看護してるのよ」


『優香は俺らのマドンナだ。俺、退院したら宣伝しちゃう。この病院サイコーってね!』


「うふふっ、チョコ、まじで?」


 どうやって宣伝するのよ。

 パソコンも携帯電話も使えないでしょう。文字だって書けないくせに。

 でも、その気持ちが嬉しい。


 でも宣伝は不要かも。

 最近、迷い猫が増えた気がする。


 しかも野良猫ではなく、シャムやアメリカショートヘア。飼い主がいるならすぐに見つかるはずなのに、未だに見つからないんだ。


 私は動物達の声が聞こえることが、嬉しかった。


 一年前を思い出し、懐かしい気持ちでいっぱいになった。


 ――矢吹君のことを、思い出したんだ。


 かめなしさんの姿が見えるという不思議な体験をした日に、矢吹君と出逢った。


 出逢いはナンパだったけど……。


 でも、付き合っているうちに、私は本気で矢吹君に恋をした。


 ――『優香……元気でな。何年掛かるかわからないけど、ちゃんとケジメをつけてまた逢いに来るよ。俺、やっぱり……優香のことが好きだから』


 矢吹君の甘い嘘に騙されちゃった。


 ――『優香、さよなら。必ず、逢いに来るよ。じゃあな』


 だって、矢吹君はまだ来てくれない。


 もう二度と……

 逢うことはないのかもしれない。


 でも……

 私は逢えると、信じてる。


 矢吹君の事を考えながら、ケージを掃除する。


 家に帰ったら、人間の姿をしたかめなしさんにも逢えるのかな。楽しみだな。


 今日は一日中、動物達の声が聞こえて騒々しくて、いつもの二倍忙しい気がした。


 ベタベタ抱き着いて、過保護にしている飼い主に『よせよっ!うざいんだよ』って、暴言を吐いてる犬や猫が沢山いたから笑えたよ。


「上原さん、なに笑ってるの」って、越谷婦長には叱られたけど。


 一日の仕事を終え、入院している動物達に挨拶をする。


「また明日ね」


『優香、また明日な』


 病院の三階は先生の居住空間。

 だから、何の心配もいらない。

 安心して休んでね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る