【1】恋は遠距離?愛は近距離? 摩訶不思議。

優香side

 ―二千十八年、十一月―


「優香、いい加減に起きなさい!遅刻するわよ!」


 いつものように母が一階から叫んでいる。


 毎日、毎日、階下から怒鳴らなくても聞こえているってば。


 もぞもぞと芋虫のようにベッドの中から這い出し、レモン色のカーテンを開けた。


 室内に差し込む朝の日差しが眩しくて、思わず目を細めた。


 今日は秋晴れ、いい天気だな。


 何を着ていこう。

 秋らしくブラウンのジャケットとスカート。


 恵太が見たら、『お前は蓑虫みのむしか、ドングリか』って、憎まれ口を叩くのだろう。


「やっぱり、スカートはベージュのタータンチェックにしよう」


 私は着替えを済ませると、机の上の『たかしくん』に挨拶をする。『たかしくん』は、ウルフのぬいぐるみの名前だ。


「おはよう。たかしくん」


 無表情なぬいぐるみ。

 去年、矢吹君から初めて貰ったプレゼント。今年は何もなかった……。


 このウルフは、伝説のバンド『異世界ファンタジー』のキャラクターグッズのウルフだ。


 異世界ファンタジーはまだ活動休止中。

 以前、私が異世界ファンタジーのファンだって話したことを、矢吹君は覚えていてくれたんだよね。


 でも、数年前のキャラクターグッズをどこで手に入れたのだろう。ネットオークションで購入したのかな?


 今となっては、それを聞くことすら出来ない。


 ――昨年六月、同級生より三ヶ月遅れで、社会人になった私。何十社も採用試験を受けたが全て撃沈し、唯一内定をくれた『神』のような職場は、個人経営の動物病院だった。


 大学で学んだ勉強はあまり関係のなかった職種だけど、動物病院を選んだ理由はある。


 昨年三月、かめなしさんの姿が人に見え、その声が聞こえるという摩訶不思議な体験をしたことがきっかけだった。


『ニャ〜』や『ワンッ』としか、聞こえなくても、なんとなく動物の言っている事や、動物の感情がわかるような気がして、その仕事に従事したいと思えたから。


『これこそが、私の天職なのだ!』と、あの時はそう感じたんだ。

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