第3話 8月

思っていた以上に、家出は大変だということを、ようやく理解した。漫画喫茶で寝泊りするたびに、財布が大出血する、、、住所不定の者を雇ってくれる職なんかあるのか?分からない、、、1日1食しか食べられないので、めちゃ腹が減る、、、嗚呼。


あの頃のことを思い出すと、まず蘇ってくる感情は「痛み」である。それまで親に守られて、ぬくぬくと暮らしていた人生が粉粉に崩壊したのだから。


土地勘もなく東京の愉しみ方もわからん。8月で糞暑くてだるいし、着替えも無く、公園の水道で洗いまくった服がヨレていた。鮮明に覚えているのは、アーケード「中野サンモール」にあるパン屋の、でかくて安いだけのバケットを買って、中野サンプラザの駐車場でボリボリ食べてた記憶である。今も、あの界隈にいくと苦い感覚が蘇ってくるので、なるべく近づきたくない。


新宿まで歩いて、物見遊山に行ったものの散々だった。東中野から新大久保方面の線路を辿っていけば、新宿に着くはずだ、、、と思い立ち、夜中に出発。ところが、適当に歩いていって目的地に着くほど、東京の道は甘くない。線路に沿って道が続いているわけではなく、北新宿あたりで迷路のようになって入り組んだ路地になっていた。真っ暗で道順が何も把握出来ず、発狂しそうになった。


すでに感情が痛めつけられて、ボロボロな心境だった。朽ち果てたその寂しみに涙が落ちた。 それでもいつか今の暮らしを捨ててそこへ帰るのだろうか、と僕は思った。 僕は、この涙を出させている、その心のもとへ帰るのだろうか?と。


夜の東京の、高層ビルの景色が、その美しい姿が幻のように目の前に現れ、僕は自分の実体を実感するのだった。東京の人は、どんなふうにこの景色を眺めているか。東京の人、、、道を歩いている他人はどこか他所を眺めていた。もう一週間くらい、誰ともしゃべっていなかった。

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