第2話
この少女は、弓矢を持っていた。つまり。
「俺に矢を射ったのはお前か‼」
「す、スミマセン、鹿か何かだと思って。」
だからって、いきなり射ようとするか?
「わたくし、メアリール・アプリコットと申します」
はい?
「めありーるあぷりこっと?」
「はい、あなたたちはここでなにをしているのですか?」
「いや~、妹とこの森に入ったら、迷ってしまいまして」
「うそですね」
「何を言いますか。俺はうそなんかついてませんよ」
そう、うそはついていない。ただ、俺たちが別の世界から来たとか、門が消えて帰れないとか、大事なことを言ってないだけだ。
「理由は2つです。1つ目は、あなたたちは森に入ったと言いましたが、ここは森ではなく、わたくしの叔父が所有する屋敷の敷地内です」
「え、そうなのか⁉」
てっきり森だと思っていた。というか、お前の叔父さんどんだけ金持ちだよ。
「2つ目は、その子は妹と言っていましたが、なら何故、その子はあなたの腕にしがみついているんです?
妹がそんなことしますか?」
これは痛いところを突かれた。俺だって、普通の妹がこんなことをするとは思っていない。だが、ブラコンだと言って、納得してくれるわけがない。このままだと俺たちは、金持ちの屋敷に侵入しようとした、泥棒カップルかなんかだと思われる。
「俺たち兄妹は、仲が良いんですよ」
「あなたがシスコンなんですね」
「妹がブラコンなんだ‼」
いきなりの汚名に、言い返してしまう。情けないな、俺。その時、何か大きなモノの気配がした。いや、本当。なぜなら、木々をへし折り出てきたそいつは、大型バスぐらいデカかった。デカい猪だ。
「これはブヒモス⁉」
「なんだよアプリコットさん、ブヒモスって」
「この近くのモリア森に住む主です。たまに子豚の何匹かが、市街地に迷い混むことはありますが」
「え、この大きさで子豚なのか⁉」
「いえ、この大きさは明らかに成獣です。でもそんなはずは」
「お兄ちゃんどうしよう⁉」
「お兄ちゃんも、分からないや。全力ダッシュしたら、逃げ切れないかな?」
「いえ、走ったら、すぐに追い付かれて、踏み潰されるか喰われます」
「そうですか」
やばいな、死んだな。
「ブヒモスは眉間が弱点らしいですが、こんなに相手が大きいと、私の弓でもさすがに」
確かに。今、俺たちはブヒモスを見上げるように立っている。そもそも、眉間が見えない。いや、待てよ。
「ちょっとその弓矢貸してくれ」
「え、なにする気ですか⁉」
「お兄ちゃん、まさか」
矢の形状と質量を大体見積もって、弓の弦の伸縮がこれくらいだとして、空気抵抗と俺の筋力を考慮して、角度は、よし。
「いくぞ」
俺は矢を放った。矢は上昇し、やがて弧を描いて降下。俺の計算があっていればこのあと。
「ピギャ~‼」
俺の矢は、しっかりと眉間に刺さった。ここからは見えないけど。ブヒモスは目が虚ろになり、ぐらついて。
「まずい、倒れる!」
俺たちは慌てて後ろに引く。ブヒモスは大きな音と砂ぼこりと共に倒れた。
「お兄ちゃん。この豚さん死んじゃったの?」
「いえ、ブヒモスの皮膚は分厚いですから、簡単に死ぬことはないと思います。おそらく、気絶しただけかと」
「じゃあ、起きる前にここを出よう」
「出口まで案内します」
俺たちはアプリコットさんの案内のもと、この森(じゃないんだっけ?)を出た。
しばらくして、息を落ち着かせたアプリコットさんが口を開く。
「先ほどはありがとうございました。怪しい者と疑ってしまい、すみませんでした。お許しください」
「いいよそんなかしこまらなくて。こっちも死にたくなくて必死だったし。でも、誤解が解けてよかったよ。ありがとなアプリコットさん」
「そんな。メアリールで結構です」
「だから、そんなかしこまるなって。メアリール、なら、俺のこともヒロでいいよ」
「わたしのこともヒメって呼ばせてあげる」
いやお前は何もしてないのに、なんで偉そうなんだ。
「ありがとう、ヒロ、ヒメ」
そういって微笑んだメアリールのことを、俺は不覚にも可愛いと思ってしまった。妹以外に美少女はいないという考えを、異世界にて改める必要がありそうだ。
「お詫びも兼ねて、助けていただいたお礼がしたいので、ぜひ、わたくしの屋敷に来てください」
「私、行ってみたい!」
「そうだな、せっかくだし、お邪魔させてもらうか」
「ありがとうございます。それでは」
メアリールは遠くを見て、口笛を吹いた。すると、向こうから、突風のように何かが走って来た。よく見ると、大きな犬だ。
「わたくしのペットのストリームです。敷地内は広いので、移動はこの子に乗ることにしているんです。さぁ、どうぞ」
恐る恐る、俺はストリームにまたがる、ヒメは普通に俺の前に乗った。こいつは昔から動物を恐がらないからな。メアリールは一番前に乗った。
「ストリーム、ゴー!」
3人乗っているというのに、ストリームはもの凄いスピードで走る。ヒメは、前にメアリールがいるが、一番後ろの俺は振り落とされそうだ。
しばらく走った後、ストリームは大きな建物の前で止まった。
「ここがわたくしと叔父の屋敷です。」
ストリームから降りたメアリールはそう言うと、屋敷の扉をノックした。扉が開き、俺たちが歓迎されるかと思いきや、いきなり現れた兵士に、俺とヒメは取り抑ええられた。
「メアリール、大丈夫か‼」
そう叫びながら、一人の男が屋敷から出てきた。高そうな服着ているし、多分このおっさんがメアリールの叔父さんだな。
「叔父様!何をしているのですか‼この方たちは客人ですよ!」
「何⁉」
その後、メアリールが事情を説明し、俺たちは解放された。
「姪の恩人と知らず、とんだご無礼を。お許しください」
「いや、もういいですって」
「てっきり、姪を人質に私の富を奪いに来た盗賊かと」
被害妄想が過ぎるだろ、このおっさん。
「ストリーム、銀狼が清い人間しか背に乗せないことは、叔父様も知っているでしょう」
俺たち清い人間なのか?兄妹揃って引きこもりだぞ?
「まぁ、俺たちは流れ者ですし、お礼は、しばらくここに泊らせてもらえればそれで」
「それはぜひとも、自分の家だと思ってくつろいでください。褒美を求めないとは、実に謙虚な男だ」
「えぇ、本当に、ヒロは素晴らしい人です」
「それはそうよ。私のお兄ちゃんなんだから」
「ヒロ、後でわたくしの部屋に来ていただけますか?」
「ん?べつにいいけど?」
「ありがとうございます」
「さぁ、ヒロ君、ヒメさん。2人の部屋に案内しよう。付いてきてくれ」
「ほら、行くよお兄ちゃん」
「あぁ」
部屋に、何の用だろうか。
俺と妹は、メアリールの叔父(名はベアオークというらしい)に付いて、長い廊下を歩いていた。
「広い屋敷だから、余った部屋が多いんです。あなたたちに使ってもらって良かったですよ」
「そこまで長居するつもりはありませんがね」
「え、そうなの?」
「おいヒメ、元々俺たちは」
そこで喋るのを止めた。うっかり、俺たちがどこから来たか、ベアオークの前で言ってしまうところだった。
「さ、着いたよ」
ベアオークは1つの扉の前で止まった。
「一応掃除はしてあるから、ゆっくりしていてくれ」
「あの、メアリールの部屋はどこですか?」
「ん?あの子の部屋はここの2つ前だが?」
「ありがとう」
ベアオークが去った後、俺はメアリールの部屋へ向かおうとする。
「お兄ちゃん、どこ行くの?」
「ちょっとメアリールの部屋にな」
「浮気?」
「違うって」
俺は部屋を出て、メアリールの部屋へ。さすがに迷うことはない。礼儀上ノック。
「メアリール、来たぞ」
「どうぞ」
中に入ると、メアリールが椅子に座って待っていた。最初に会った時と違い、ワンピース姿のメアリールは、なんだろう、すごく良い。
「どうぞ、座ってください」
メアリールの向かいの席に座る。
「あなたを呼んだのは」
告白でもされるのかな?身に覚えないけど。
「ヒロ、まだ隠していることがありますね」
そっちか。
「お願いします。わたくしに、あなたのことを教えてください」
「分かった」
「ありがとうございます」
「俺の年は19、身長は170㎝、体重は」
「ごまかさないでください」
「ごく最近、妹と一緒にお風呂に入りました」
「それも驚きですが、違います。あなたと妹さんは迷い混んだと言いましたが、本当はどうやって、ここに来たのですか?」
「…」
「言えないなら結構です」
「悪い」
「勘違いしないでください。わたくしはあなたたちを信じています。ただ、少し気になっただけです」
「いつか、話すよ」
いつになるか分からないが。
「はい、その時が来たら、よろしくお願いします」
「あぁ」
「あの、これはわたくしの勝手な想像なのですが、あなたはもしかして」
まさか、異世界から来たことがばれたのか?
「魔法使い様なのではないのですか?」
自分の部屋に戻り、ベッドに座る。
「お兄ちゃんどうしたの?メアリールにたぶらかされた?」
「なぁ、ヒメ」
「何?」
「俺は、魔法使いらしい」
「色々大丈夫?」
「おい、それはどういう意味だ?」
「大丈夫、私はどんなお兄ちゃんでも大好きだよ」
「止めてくれ、悲しくなる」
「いや、さっきメアリールとな」
数分前
「魔法使い様なのではないのですか?」
「えっと、なんでそう思ったかな」
「だってあの時、見えないはずのブヒモスの眉間を撃ち抜いたではないですか」
「あぁ、それは」
矢の軌道を計算した。と言おうとしたが。
「超視認の魔法ですよね!」
いや、違いますよ。と言おうとしたが。
「矢を放つ前、呪文を呟いてましたよね!」
いや、それは暗算の式をブツブツ言っていただけです。と言おうとしたが。
「わたくし、魔法使いに憧れているんですよ!」
「そ、そうなのか」
ワクワクした表情のメアリールを見ていると、もう、魔法使いってことでいいやと思えてくる。
「じゃあ、今度別の魔法を見せてやるよ」
「本当ですか⁉」
「あ、あぁ」
「ありがとうございます‼」
現在
「お兄ちゃんは馬鹿なの?」
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