第四話
二人の様子を見てみると海乃の方がしんどそうだ。頭に手をやり悩んでいる様子がみてとれる。
「そんなに悩むものでもないだろ」
俺は海乃の元へ行き言う。必死にメニューを覚えている最中だった。
「私暗記系苦手なんだよね。中々覚えられなくて……」
「雪奈は大丈夫なのか?」
「なんとかね。一通り覚えたよ」
「雪奈は学年で一番頭が良いんだ。こういうのは得意」
そんなことないよと謙遜する雪奈。学年で一番って相当頭が良いんだ。でも話し方や雰囲気を見ると勉強ができるって言われて納得する。これで運動神経もよかったらパーフェクトだな。
「そろそろ開店だからみんな大丈夫かい?」
店についてある時計を確認すると九時五十分を指している。開店が十時からなので後十分で開店だ。窓からビーチの様子を伺うと、人がかなり賑わっている。
「……すごい人だな」
「毎年この時期は観光客で賑わうからね。天気も絶好の海日和だし」
すぐ目の前に海があるというのに遊べないのはもどかしい。ちゃんと遊べる時間を設けてあげると言っていた長谷川店長の言葉を信じよう。
そして店が開店し、初めてのアルバイトが始まった。
「ご注文を繰り返します。かき氷二つ、お味はいちごとレモン。それと焼きそば二つですね」
開店から二時間、最初の方は人がまばらだったが今はかなり混雑している。
「かき氷いちごとレモン。後焼きそば二つお願いします」
「あいよ!」
「すいませーん」
俺は注文を厨房の人に伝えるとすぐに呼ばれたお客様の方へ行く。ずっとこれの繰り返しだ。レジに長谷川さんがいるので会計はしなくてもいいが、ちょっとこの忙しさは想定外だった。
店内の熱気はひどく、扇風機がもはや置物状態になっている。熱中症にだけ気をつけよう。
「三番テーブル清掃お願い」
雪奈からすれ違いざまにそう言われ俺はすぐに三番テーブルの清掃をする。この動作も早くしなければお客さんを回せない。どう動けば効率がいいのかわからなかったので、とりあえず頼まれたことは迅速にやろうと思う。
「ねえ注文したのと違うんだけど、代えてくれない?」
「申し訳ございません! すぐにご用意いたします」
遠くから海乃を見るとどうやら注文ミスをしてお客さんからクレームをもらっていた。やっぱりまだ慣れていないのか……
「こっちの注文は俺が受けるから海乃は八番テーブルの清掃お願い」
「わかった」
極力接客を回さないようにしようと考え俺は海乃に指示する。それにしてもこんなに人が多いと疲れるな。自分の体力不足を痛感する。
「君可愛いね。この後俺らと遊ばない?」
「いえ……今仕事中なので」
「いいじゃん遊ぼうよ」
片付けた食器を運ぶ途中お客さんに声をかけられている雪奈の姿が見える。明らかに困惑した表情をしており今にも泣き出しそうだった。
こんな忙しいのにと俺は毒を吐き、雪奈の元へ行く。
「お客様いかがなさいましたか? ……注文は俺が聞くから雪奈はあっちの仕事をやっといて」
俺は小声で雪奈に言う。雪奈は黙って頷きお客の方を遠ざかっていった。
「すいません注文をお聞きします」
「えー俺はあの子に注文聞いて欲しかったな。なんでお前が出てくるんだよ」
「彼女の方があちらの仕事を早く済ませられるので。これだけの混雑なんで迅速に回していかないといけないんですよ」
俺は男性二人組に言う。お前らのナンパにいちいち付き合ってられるか。
「じゃあ空いたら呼んでよ。俺気にいっちゃってさ」
「……そういうお店じゃないんで」
中々喰い下がらない二人組にどうしたものかと考える。こちらの立場として強く言えないため返答に困ってしまう。
「どうしたんだい?」
気づくと長谷川店長が俺の横まできていた。俺は事情を簡単に説明するとこの場は私がやるから仕事に戻りなさいと言われた。
店長が対応してくれるなら問題ないだろうと思い仕事に戻る。この忙しい時間帯に店員をナンパするなんて自分たちのことしか考えていないのがはっきりわかる。ああいう迷惑な人にならないでおこうと心底思った。
「大丈夫だった?」
客もまばらになった午後二時、テーブルの清掃をしていた途中で雪奈が声をかけてくる。どうやらさっきの事情がずっと気になっていたみたいだ。
「俺は大丈夫だよ店長がすぐにきてくれたから。雪奈こそ大丈夫か?」
「平気だよ。声かけられた時はびっくりしたけど、秋哉君がすぐに来てくれたし……ありがとう」
礼を言われるほどのことは何もしていないけど、ここは素直に受け取っておこう。
「後一時間くらいで終わりだな。客もまだちらほらいるし仕事に戻ろうか」
話をしている場合じゃないと思い、仕事を再開する。予定では三時までなのであと少しだ。
海乃の様子を確認すると普通に仕事をこなしていた。どうやら慣れたみたいだ。笑顔でお客さんと談笑している。
「さっ気合い入れますか」
残りの時間が少ないからといって集中していなければミスをしてしまう。俺はもう一度気持ちを入れ直し仕事を進めるのであった。
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