第二章
第一話
宵浜に来てから一週間が経った。
電車での一件以来、海乃と記憶の話は一切していない。
『私もなくなるんだ一ヶ月に一度自分の記憶が』
そう言った海乃の顔はとても嘘を言っているような顔じゃなかった。自分と同じ現象の人がいたことに対する驚きよりも、なぜ記憶がなくなるのに笑顔で楽しんでいられるのかそっちの方がはるかに疑問だった。
海乃本人も気にしているのかと思いきや次の日になると平然とした態度で接してくるしもうわけがわからない。
雪奈に聞こうと思っても丁度家族旅行に出かけたらしくショッピングモール以来会っていない。その間海乃と二人で遊んでいた。聞くチャンスはいくらでもあったがいまいち一歩踏み出せない。干渉していいものなのかどうか……だから俺はしばらく宵浜に残ることにした。
最高の夏の思い出を作ろうという海乃の言葉を信じて。相変わらず振り回されてばかりだけど、勝手にいなくなって困らせるようなことはもうしないと心の中で誓った。
「見てこのひまわり畑」
そして現在夜の八時、今朝旅行から帰ってきたばかりの雪奈がお土産を持ってきてくれた。ついでに上がっていったらどうだと虎吉さんの提案で俺が借りている客間に案内する。すぐに海乃もやってき、三人で雪奈の旅行話を聞いているところだ。
雪奈は家族と二泊三日温泉旅行を楽しんだらしい。この写真はその旅行の一部で撮ったものだ。
「あ……この服」
写真の中の雪奈が着ている服にどこか見覚えがあった。それは三人で買い物に行った際雪奈が購入したピンクのワンピース。
「早速着ちゃった」
嬉しそうな顔をする雪奈が照れながら言う。ひまわり畑に写るピンクのワンピースを着た少女。写真コンクールに出せば賞を取れそうなくらい綺麗な一枚だった。
「いいなあ温泉」
海乃が机に肘をつき雪奈が持ってきた写真を羨ましそうに見る。
「海乃は家族旅行の予定はないのか?」
言ってすぐに自分の言動が間違いだということに気づく。俺と同じならば家族旅行に行ったて記憶が持続するのは今月までじゃないか。
「私はないかなあ。親が二人ともアウトドア派じゃないんだ」
「確かにおじさんやおばさんって好んで旅行しそうにないね」
海乃はこんなに活発なのに両親の方はそうじゃないらしい。まだ一度も顔を合わせたことがないのでどんな両親かわからないが、海乃と正反対ってことだけは頭に入れておこう。
会う機会があれば挨拶をしようと思う。
「あー旅行したいなあ」
「なんだお前ら旅行したいのか?」
ガチャっとドアが開き虎吉さんが顔を覗かせる。どうやら今の海乃の一言を聞いていたらしい。
「おじさん今私達が話しているんだけど?」
「いや旅行がどうとか聞こえたからな。お前ら旅行に興味あるのか?」
「ある! おじさん旅行に連れてってくれるの?」
嬉しそうに顔を綻ばせる海乃。今にも家を飛び出し旅行に出かけようというような表情をしている。
「実はな俺の知り合いが海の家を経営しているんだ。お前たちも行ったことのある海だ。そこで今週は観光客で人が多く、その数を捌ききる人手が足りないらしい。お前らがよかったら紹介するぞ? 宿泊込み飯付き二泊三日。悪くないだろ?」
「海の家って具体的に何をするんですか?」
俺は海の家がどんなものかわからないので虎吉さんに質問する。
「簡単にいうと海水浴に来た人がちょっと休憩したい時に利用できる施設だ。お腹が空いてご飯を食べたい時とか、冷たいものを飲んで休憩したい時とか」
簡易的なレストランみたいなものか。ただ俺はアルバイトをしたことがない。急にそんな奴が来ても足手まといになるだけじゃないのか?
「え? 行きたい! 海だよ海!」
海乃は目を輝かせながら俺と雪奈に言う。確かに海は行きたいけれど……
「海乃は接客の経験とかあるのか?」
「ないよ。あ、もしかして接客の心配している? 大丈夫だよおじさんの知り合いだし何かあればおじさんのせいにすれば問題ないよ」
「そうそう何でも俺のせいにすればいい……って失敗を押し付けるな」
海乃はコツンと虎吉さんに叩かれる。
「まあこれぐらい楽観的にやってほしくはないが、多少のミスは気にすることないしこれからの人生にもしかしたら役に立つかもしれないぞ?」
たかが二泊三日だけれど、やらないよりはマシだと虎吉さんは言う。俺は一瞬考えじゃあ……と言い海の家で働くことに了承した。
「雪奈は大丈夫なのか? 今朝旅行から帰って来たばかりだし、流石に疲れているんじゃないか?」
「いきなり明日は無理かな。二日後なら大丈夫だよ」
「よし! 決まりだね! 虎吉おじさん高校生三丁入ります!」
「あいよ!」
そんな寿司のネタみたいに言わんでも……普通に返すあたり、海乃と虎吉さんにとってこのやり取りはいつもどおりなんだろうな。
「それじゃあ二日後からよろしく頼む」
そう言い残し虎吉さんは部屋を出た。
「もう遅いし今日は解散しようか」
雪奈が広げていた写真をカバンにしまう。俺と海乃もそれを手伝った。どの写真を見ても家族と楽しそうに笑う雪奈が写っていたので俺はなんだかほっこりした気分になった。
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