第九話
「この後どうする?」
腕時計を確認すると夕方の四時だった。買い物も一通りやったし映画も見たし、帰る時間を考えれば後一箇所回れるかどうかってところだ。
「私買い忘れたものがあるからちょっとだけ待っていてよ。買いたいものは決まっているからすぐ戻ってくる」
海乃はそう言い駆け出した。取り残された俺と雪奈は近くに置いてあるベンチに腰掛ける。
「本当に自由だな、あいつは」
「ふふ、それが海乃のいいところでもあるからね」
「雪奈は恋愛をしたいと思う?」
さっきの映画から話題を借りるので自然と恋愛の話になる。
「どうだろう。でもいつかは結婚したいと思うよ。秋哉君は? 向こうで彼女とか出来なかったの?」
「俺はからっきしだよ。それに俺……」
記憶を無くすんだ。とは言えなかった。到底信じてもらえないだろうし、話すことのほどでもない。この先この記憶の問題をどうにかしない限り俺に彼女が出来ること、ましてや結婚なんて到底出来ないだろうな。
「秋哉君かっこいいのに」
「え? そ、そんなことないよ」
雪奈のお世辞に照れる。こんな可愛い子にかっこいいと言われて照れない男子なんていないだろう。
「雪奈も可愛いよ」
お返しにとばかりに真剣な表情で雪奈に言う。雪奈は顔を真っ赤に染め、ありがとうと小さく呟いた。
「お待たせ! あれ? 雪奈どうしてそんなに顔が赤いの?」
「な、なんでもない! ほらもう帰ろう。遅くなると親が心配するし!」
雪奈が勢いよく立ち上がり出口の方に向かう。俺と海乃も慌てて追いかけた。
帰り道、丁度ショッピングモールを訪れていた人たちも電車に出くわし、人混みの中立つ。それも次第に一人、また一人と減っていき電車に乗ってから二十分後には三人とも座ることができた。
座った瞬間二人は朝から早起きで疲れていたのかすぐ眠りにつく。
「これはちょっと無防備すぎないか?」
男性として意識されていないのか、はたまた男性経験に乏しすぎる結果が生んだのか右肩に海乃、左肩に雪奈が身を俺に預ける形で寝ている。俺も少し眠りたかったのだが、こんな状況で眠れるはずがなかった。
気持ち良さそうに寝ている二人の寝顔を見ておきたいと思いつつも罪悪感からか視線を窓の方に向ける。普通に賑わっていた都会の街並みはもうなく木々や田んぼが連なっている背景となっていた。
三日間この旅をして思ったことがある。
途方もなく家を出て乗り継ぎを重ね、たまたま海乃と出会った。自分と対照的な海乃に振り回され楽しいことをいっぱいやった。
だからこそ、区切りの付けどころが重要になってくる。
思い出が消えるからといって自分の性格が変わるわけではない。
この世界は良いことがある、悪いことがあることは半々だと考えている。あくまで俺の主観になるが、良いことが十個あれば同時に悪いことも十個起きるということだ。当然人間は良いことがずっと起きて欲しいと思っている。俺もそうだ。むしろそんなことを思っていない人間はどうかしている。好きなだけお金を使いたいし、好きなだけ楽をして生きたい。でも蓋を返してみたらどうだろうか。好きなだけお金を使うということは、それだけ辛い仕事をして稼がなければならない。表裏一体なのだ。
この考えだは常に自分の心として持っている。十七年生きてきた現在の俺だ。今後考え方や性格が変わるかもしれないけれど、今は少なくともそう思っている。
「楽しすぎたんだ……」
世間から見ればただ三日間遊んだだけと思われるかもしれない。けれど俺にとってこの三日間はとても有意義なものだった。
これを続けていけば俺はダメになる。当初誰も自分のことを知らない人と過ごしたくてこの旅を始めた。別にもし誰とも関われなかったらそれでいいとも思っていた。それが偶然海乃と出会って……雪奈と出会って……宵浜の子供達、虎吉さん。三日間でこれだけ楽しかったんだ、一週間二週間とここで過ごせば記憶が失う時にきっと後悔してしまう。
こんな楽しい日々をずっと忘れていたくないって。
だからそうなる前にここを離れよう。依存してしまう前にこちらから手を引かなければならない。
「明日だな……」
明日ここから離れよう。今ならまだ三日間楽しかったというだけで済む。
俺は沈みゆく夕日を見ながらそう思った。
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