第八話


「「おお!」」


 海乃と雪奈は声を揃えて反応し、俺の全身を凝視する。


「似合っているね! 秋哉君」


 雪奈に褒められ少し照れ臭かったけれど、俺はすぐにありがとうと言い返した。


「やっぱり私の目に狂いはなかったよ」


 海乃も親指を突き立て、してやったという表情をする。それじゃ次はこれねと早速違う服を手渡してきた。


「まだ着るのかよ」

「こういうのは何着も着て確かめるものなの」


 再び俺は試着室に戻され服を着替えるといった行動を、そのあと何回も行わされた。



「ああ疲れた」


 ある程度買い物がひと段落し、喫茶店で休憩をすることにした。結局俺は海乃が最初に選んでくれた淡いピンクのシャツと黒のシャツを購入した。お金は結構持ってきていたのでまだ大丈夫だ。しかし、無駄使いもよくないのでこの二着以外買い物をしないと心に決めた。


「やっぱりあの店の服もう一度見ようかな」

「似合っていたと思うよ。海乃って青すごく似合うよね」

「いざとなったら買えないんだよね」


 頼んだジュースを飲みながら海乃と雪奈はショッピングの話をする。何件も連れ回され疲れていた俺とは対照的に元気だ。しかもまだまだ買い物を辞める気配がない。女子の買い物は長いというのは本当だったみたいだ。


「秋哉君はもう買いたいものはないの?」

「俺は大丈夫だよ。選んでくれてありがとう」

「そっか。次はどうしようか?」

「買いたいものがまだあるなら見ればいいんじゃないか? さっきの服気になっているんだろ?」


 俺がそう聞き海乃は数秒考えた後、やっぱりいいやと言った。


「それより映画見ない? 最近気になっているのがあるんだ」


 俺の隣で雪奈がそう提案してくる。映画か……映画を見ても俺は今月いっぱいで話を忘れてしまう。けれどここで話の内容を忘れるからと断っても空気を悪くするだけだよな……


「えーみんなで見ると話を忘れるじゃん」

「あ! そっかそっかごめんね」


 まさに今俺が断ろうとしていた理由を海乃が言う。俺じゃあるまいしこいつは何を言っているんだろう。


「でも雪奈が見たいなら仕方ないか。秋哉君はそれでいい?」

「え? あ、ああ」


 話の流れで承諾してしまいこの後の予定は映画ということになる。まあ忘れてもいいか。見る分に損はないしな。


 喫茶店を後にし、俺たちは西サイド最上階に備わっている映画館にやってくる。このショッピングモールの説明をしていなかったけれど、東サイドと西サイドにそれぞれ建物が分かれておりどちらの建物も四階建である。


「それで雪奈はどれが見たいの?」

「えっと、あ! この『君に愛を捧ぐ』だよ」


 雪奈が指差した映画は有名なイケメン俳優と綺麗な女優が写っている恋愛映画だった。


「わかった時間もちょうどいいしこれを見ようか」


 チケットを購入しすぐに劇場に足を運ぶ。話題の映画なのだろうか劇場内には結構人が座っていた。


 チケットといっしょに購入したジュースとポップコーンを手に席に座る。やがて劇場内は暗くなり先にこれから上映予定の予告動画が始まった。


「ここで予告を見ても忘れるんだけどな……」


 俺は二人に聞こえないように呟く。予告動画を見て面白いと思ったところでその感情が今月で抜け落ちてしまう。だから映画を見るのは嫌だ。多分先月の俺も先々月の俺もずっと昔の俺も映画を好んで見ていないだろう。


 内容はいたってシンプルなものだった。高校時代告白出来なかった女の子に大人になって再会し、愛を形成していくという物語。率直な感想としては別に面白くなかった。ただ隣で泣いている雪奈と海乃を見ると相当感動したようだ。


「面白かったね」


 劇場を後にし、俺たちは並んで歩く。


「そうか? 俺はよくわからなかったよ」


 正直に映画の感想を二人に述べる。よくわからなかったことや、どうしてまた結びついたのかなど思っていることを話す。


「男子と女子で恋愛観は違うからね。ごめん面白くないものをおすすめしちゃって」


 雪奈がフォローを入れてくれる。雪奈には悪いことをしたかな。


「でも久しぶりに映画を見られて楽しかったよ。面白い面白くないはやっぱり見ないとわからないしさ」

「そうだね。雪奈私はすごく面白いと思ったよ。ナイスセンス」

「ありがとう海乃」

「どっかの誰かさんは、恋愛観がないだけだから気にしなくていいよ」


 この場合どっかの誰かさんは、俺になるんだろうな。あえてここはスルーしておこう。

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