第七話


「さてどこから回ろうかな」

「あ! このブランドの服見てもいいかな?」


 雪奈が案内板の一角を指差しそう言う。特に断る理由もなかったので頷き雪奈の先導で歩き始める。夏休みのため俺達と同年代のカップルや男女のグループが多いけれど、平日のせいかそこまで人は賑わっていなかった。


「じゃあ俺は店の前で待っているから見てきてくれ」


 雪奈がお目当ての店の前に到着したところで俺は立ち止まり二人に告げる。こんないかにも女の子しか訪れないような店に平然と入る肝の太さは生憎俺にない。


「何言っているの? 秋哉君も来なよ」

「そうだよ、秋哉君一人だと寂しいよ」

「いいや、俺はここに残る。店の雰囲気に耐えられない」


 海乃と雪奈は困り果てお互い目を合わせる。そこで不敵な笑みを浮かべた後、海乃は俺の右手を雪奈は左手を掴み強引に引き込んだ。


「お、おいちょっと」


 強制的に店内に連れ込まれる。美少女二人に手を引かれ入ってくるお客さんにびっくりしたのか中にいる店員さんが全員こちらを振り向くが、すぐに目を逸らした。


「わかった! 大人しくするから手を離してくれ」


 恥ずかしくなった俺は店の前で待つことを諦め二人を説得する。


「素直でよろしい」

「秋哉君この服とこの服どっちが似合うかな?」


 雪奈が手にしていたのはピンクのワンピースと淡いブルーのシャツだった。個人的には淡いブルーの方が好みだったが、雪奈に似合っていると思ったのはピンクのワンピースだった。


「ピンクの方が似合っているよ」


 俺がそう言うと雪奈はちょっと試着してくると試着室に走っていく。ピンクのワンピースを着た雪奈が見られるのかと少しわくわくした。


「ああいうのが好みなんだ」

「雪奈は似合っている方を聞いてきたんだぜ? 好みで見るなら淡いブルーのシャツの方がいいかな」


 海乃がシャツを見た後、じゃあ私はこっちを試着してくると言いシャツを持って試着室に入っていく。一人取り残された俺は二人が着替え終わるのを静かに待っていた。


「「お待たせ!」」


 試着室のカーテンが開けられ、着替え終わった二人を確認する。どちらも物凄く似合っていたのでびっくりした。


「どう……かな?」


 ピンクのワンピースを着た雪奈が頰を赤らめ感想を聞いてくる。そんな顔をされるとこっちまで恥ずかしくて照れてしまう。俺は正直によく似合っているよと声を掛けた。雪奈の雰囲気にピンクというのは絶妙にマッチしているな。


「私は? ねえ私は?」


 淡いブルーのシャツを着た海乃の方も俺に感想を求めてくる。


「似合っているよ」

「雪奈と感想同じじゃん」


 ジト目で海乃がそう言い返してくる。こういう時に気の利いた言葉を掛けてやれないことがダメなんだろう。今日ほど自分の言葉のボキャブラリーが少ないことを呪った。


「私この服買おうかな」

「いいじゃん雪奈! じゃあ私もこの服買おっと」


 今日着ていた服に着替え二人は試着した洋服を手に取りレジに向かった。とても満足気な顔をしていたし、いい買い物ができたのだろう。


 それにしてもまだこの女性の洋服だらけという空間に慣れないな。目のやり場に困ってしまう。あっちに下着のコーナーもあるし……


「ここでの買い物は終わり。次は秋哉君の洋服を見に行こうか」


 店を出て案内板を確認するが、服のブランドがさっぱりわからない俺は困惑する。聞いたことのある店がないこともないが、今着ているようなお手軽な服ばっかり置いている店になるので今回の趣旨とは違ってくる。


「よし、ここにしよう」


 海乃が店を決め歩き始める。ついていくことしかできないので俺は海乃に身を任せることにした。


「海乃ってメンズファッションにも詳しいのか?」

「どうだろう? 聞いたことないけど……あの歩き方はてきとうに決めて歩いているね」


 雪奈が苦笑いをしながら言う。でも目的地が決まっていなくとも進んでくれるのは優柔不断な俺にとってありがたい。


 店に着きまずは店内を一周する。見たことがないような芸能人が着るような服がいくつも置いてある。


「秋哉君は何色が好きなの?」

「んー黒かな」

「え? 黒って……」


 いいじゃん黒。男の子はダークな感じに憧れを抱くものなんだよ。


 黒か……と言い海乃は店内を歩き始める。やがて目星がついたのか一着の服を持ってこちらにやってきた。


「この淡いピンクのシャツと黒のシャツを重ね着してみて」


 強引に二着の服を渡され俺は試着室に掘り込まれる。俺は服を脱ぎ海乃が選んだ服に袖を通した。出ていく前に試着室の鏡を確認すると意外と似合っていると自分で思う。


「お待たせ」


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