第五話
「みんな今日は何がしたい?」
海乃が子供達に意見を求める。そしたら子供達は口々に自分のやりたいことを言い始めた。
缶蹴りや鬼ごっこやボール当てなど、どれも小学生の時に経験したことのある遊びばかりだ。ルールは知っているけれど、自分が実際にやったことがあるのかどうかは知らない。
海乃は様々な意見を聞き困惑した表情になるが、今日は缶蹴りにしようと独断で決める。それで文句を言う子達もいなかったので自然と缶蹴りが始まった。
「じゃあ鬼はじゃんけんで決めよう。さーいしょはグー」
じゃんけんぽんの合図で負けたのはショートカットの女の子だった。名前はあやめちゃん。
鬼が缶の側で目を伏せしゃがみ込む。数を数え始めると各々一斉に隠れ場所を探すために散らばった。
「こうも広いと隠れる場所にも困るな……」
俺は辺りを見渡しどこに隠れようか悩む。この手のゲームで高校生の俺が本気を出すわけにいかないが、手を抜き過ぎるのも返って反感を食らうだろう。適度にやり過ごさないといけない。
悩んだ結果、俺は缶の位置から七十メートルは離れている一本の木に隠れる。ここならばそう簡単に見つからないはずだ。
ここで誰かが缶を蹴ってくれるまで待とう。一度見えないように確認するとあやめちゃんが数を数え終わり辺りを見渡していた。
目が合ったらいけないので覗くのはなんともスリルがある。
「もらい!」
数分後、勢いよく声を上げ、缶を蹴っ飛ばしたのは海乃だった。鬼のあやめちゃんの隙を付く一撃。かなり缶が後方に飛び、ルール上もう一度あやめちゃんが鬼となる。
それから何度も海乃が容赦なく缶を蹴り込んでしまったのであやめちゃんの鬼が終わることはなかった。この人は手加減という言葉を知らないらしい。どうにも見ていられなかったので俺が代わりに鬼をやってあげることにした。
「次は秋哉君が鬼か」
確実に全員の名前を覚えたので鬼になっても誰かの名前を間違えてしまうことはないだろう。
目を瞑り決められた時間を数える。数え終わると辺りを一面見渡した。この時点で見つかる間抜けなやつはいないだろう。
「さてと」
一息つきどこから探し始めようか迷う。あの遊具の後ろが怪しいけれど、持ち場を離れるのも良くない。だからといってここにずっといるのも良くないよな……
とりあえず俺は缶に意識を残しつつ周囲を探索し始める。
「亮太と勝也みっけ」
「あー見つかった」
相手は所詮小学生、ちょっと早く走れば缶を蹴られることはない。その後も順調に見つけ出し気がつくと後三人になっていた。海乃と晨とあやめだ。
気を付けなければいけないのは海乃か。何回か見たけれど足は速かった。昨日の魚掴みもそうだけど運動神経が良いんだろう。
……って何を真剣に考察しているんだ。たかが缶蹴りじゃないか。そう思った瞬間、前方に人影が見えた。
背格好的に小学生のサイズだったが、男の子か女の子か確認できなかったので俺は人影に近づいていく、すると逆の方向から勢いよく海乃が飛び出してきた。
それに気づいた瞬間普通に走っては間に合わないと感じる。仕方ない本気を出すか。
「海乃みっけ」
「速いよ!」
完全に出し抜いた顔をしていた海乃だが、先に缶に到着したのは俺の方だった。
「海乃お姉ちゃんがかけっこで負けたところ初めて見た……」
よほど海乃の敗北が衝撃的過ぎたのか小学生達は固まる。この子達の中で海乃という人物はオリンピックに出る選手並みに崇拝されていたみたいだ。
これは悪いことをしたな。小学生達の幻想を壊しちゃったかもしれない。
「いや、そのほら俺は男で海乃は女だろ? だから俺の方が速くて当然なわけで……」
「すげー!! 秋哉!」
必死に弁解しようと試みた瞬間、一人の男の子が声を上げた。最初に俺を呼び捨てにした、名前は晨だ。
「海乃は今まで誰にもかけっこで負けたことがなかったんだ。缶までの距離は海乃より秋哉の方が遠かったし、ほんと凄え」
「私も海乃が足で負けたところ初めて見たかも……」
雪奈が隣で呟く。長い付き合いの雪奈でさえ海乃が負けたところを見たことがなかったみたいだ。
「悔しい! 秋哉君、足速かったんだ!」
「普通だと思うけど……」
クラスで俺より足が速い人なんかいたし……いや、わからない。思い出そうとしても思い出せなかった。
「それじゃあ次は私が鬼をするね」
残り二人も見つけ次のゲームに入ろうとした時、海乃が缶を持って名乗り出る。いつもなら海乃が鬼だとすぐに終わってしまうから嫌がるみたいだが、今日は俺がいるのでみんな了承したと雪奈が隠れる時に言っていた。
「秋哉君はどうしてこの街に?」
偶然隠れた場所が雪奈と一緒だったため、自然と二人きりになる。
「会った時に話したけれど、単純に遊びに来ただけだよ」
「そうなんだ……でもただ遊びに来たって感じがしないな。なんだろう途方もなく旅をし、偶然ここにたどり着いたって感じがする」
どこを見てそう思ったのかわからないが、完全に的を射ていたので焦る。
「想像に任せるよ。でも良い街だな本当に」
まだ二日しかいないけど、心底そう思う。ここは良い街だ。こうやって年齢の差関係なく遊べているのだから。
「私もそう思うよ。生まれた時からずっとこの街にいるけれど、私はこの街が大好き」
その表情に一点の曇りがない。
「雪奈と秋哉君みっけ」
話すことに集中しすぎたせいか海乃が近づいている気配に全く気づかなかった。
小学生達も全員捕まっていたため海乃の勝ちとなる。この勝負で足を披露することなくゲームが終わってしまった。
あれからも俺たちは缶蹴りを続け、途中で最初に挙がっていた鬼ごっこやボール当ても楽しんだ。やがて遊ぶことに夢中になり、気がつくと日が暮れていた。
「それじゃあこの辺で解散しようか」
公園にいた他の人が帰っていく中、海乃は時計を確認して言う。時計は十八時を指していた。
「そうだね」
雪奈も賛成し俺たちは公園を後にする。
「秋哉って運動神経良かったんだな。何かスポーツやっていたのか?」
帰り道、隣を歩いている晨が俺に声をかける。
「スポーツか……多分やったことない気がする」
俺は少し思い返しながら返答する。スポーツをやっていた話を家族から聞いたことがない。
「秋哉君スポーツやっていなかったんだ。それだけ運動神経が良いのに勿体無い」
「海乃も運動神経良いんだからスポーツの一つや二つやっていないのか?」
「いやー部活に入りたかったんだけどさ、私が通っている高校電車で一時間半掛かるんだ」
田舎だからねと海乃が付け足す。男子なら別に問題ないけれど女子に登下校で三時間も掛けてしまうと夜危なかったりするもんな。
「ちなみに雪奈も同じ高校なんだよ」
「雪奈は部活とか入らなかったのか?」
「うん。運動は得意じゃないし、だからといって文化系に興味があるわけでもないから」
色々あるんだなと感じ、そのまま他愛のない会話を続ける。小学生達を全員送ったところで虎吉さんの家に着いた。
「じゃあね秋哉君また明日」
方向的に海乃と雪奈の家より先に着いたため、二人を送る前に別れる。もう暗いし送るよと言ったが、気持ちは嬉しいけど秋哉君が迷子になっちゃうよと笑われた。
確かにここの土地勘が全く無いので送れないな。
「またね秋哉君」
今日初めて会った雪奈も小さく手を振り、別れを告げる。
「ああ。また明日」
「明日も叩き起しにくるから覚悟しといてね」
「頼むから優しく起こしてくれ」
今朝は豪快に布団を剥がされ顔を強打した。二度とあのようなことはごめんだ。
そして俺は二人と別れチャイムを押し虎吉さんの家に入る。脱ぎ散らかされた服に唖然とし、今から家事かと憂鬱な気分になった。
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