第三話


「普通にやっても面白くないし、何か罰ゲームでもありにしようか」

「えー」

「はいそこ嫌な顔をしない」


 勝負自体あまり乗り気じゃないのに……さらに罰ゲームって。


「そうだなあ。秋哉君が勝ったら寝床を提供してあげる。どうせ寝る場所なんて考えていなかったでしょ?」


 とは言っても私のおじさんの所だけどねと海乃は付け足した。


「……それは助かる」


 寝る場所に困っていたのは事実だ。勝てば寝床が手に入る。悪い条件じゃない。


「俺が負けた場合はどうする?」

「うーん……じゃあ秋哉君がこうして一人旅をしている理由を聞こうかな」


 それは困るな。記憶の話をしても信じてもらえそうにないし。嘘を並べて回避しよう。


「わかった。それでいいよ」

「制限時間は三十分ね。それじゃあ……よーいどん!」


 海乃の合図で勝負が開始する。俺は海乃とは違う方に移動し集中力を高めた。


 一匹、一匹と順調に魚を掴んでいく。慣れればすんなり掴むことが出来るため、だんだん楽しくなってきた。


 そして予めセットしていた携帯のアラームが鳴り、勝負終了の合図を示した。



「大きさでは私の勝ちだった!」

「これは大きさよりも取った数を競うものだろ?」


 帰り道、すっかり日も暮れ俺と海乃は並んで歩く。聞いたことのない虫の鳴き声が辺りをこだましていた。


「だとしても小さいよ! あんなの反則だ!」


 海乃は頰を膨らませながら先ほどの勝負について嘆いている。結論から言うと勝ったのは俺だ。ただ後からわかった話だが、俺と海乃が狙っていた魚は違う種類だったらしい。俺が狙っていた魚は小さく掴みやすかったのだ。そのため、勝負は俺の勝ちとなった。


 対照的に海乃は大きいだろうが小さいだろうが目の前の魚をロックオンしていたため、一匹を捕まえるのに戸惑っていたらしい。こんなの手で捕まえられるのかよと驚くくらいのサイズを後から見せてきた。


「次は絶対私が勝つから」

「次の機会がないことを祈るよ」


 魚掴みは楽しかったけれど、また次もやりたいかと聞かれれば素直に頷けない。一度経験してしまえば満足だ。


「あっ着いたよ」


 川から歩くこと数分、海乃のおじさんの家に到着する。一応今日から知り合いを泊まらせて欲しいと頼んでいた。言ってからすぐに了承するなんてよほど寛大な人なんだろうな。


 海乃がチャイムを押し、中から大きな足音が聞こえる。


「はい……って海乃か」

「虎吉おじさんこんばんは」


 目の前に現れたのは三十代後半くらいのちょっと派手な人だった。日に焼けてアロハシャツみたいな服を着ている。


「そいつが海乃の言っていた男か?」

「うん。秋哉君って言うんだ。電車で痴漢と疑っちゃってね。成り行きで宵浜を案内することになったの」

「春風秋哉です。よろしくお願いします」

「海乃が男の子を連れて行くって言うもんだから、てっきり彼氏かと思ったよ」

「ちょ、ちょっと何言っているのよ! そういうのじゃないって!」


 慌てて海乃は否定する。この状況で男の子を連れて来れば彼氏と間違われても仕方ないよな。


「慌てすぎだろ海乃。まあ立ち話もなんだから上がってくれ」


 そう言い虎吉さんは俺と海乃を家に入るよう手招く。


「部屋は余っているから好きなだけここに居てもいいぞ」


 見た目とは裏腹に親切な虎吉さん。俺はありがとうございますと言い荷物を置く。


「家事は大体出来るんで、何でも言ってください。お世話になるんでこき使ってもらっても構わないです」

「それは助かる。最近女房に逃げられて困っていたところなんだ」


 どういう事情でそうなったかは聞かないでおこう。琴線に触れる恐れがある。


「それじゃあ私は自分の家に帰るね。秋哉君また明日」


 また明日……か。


「ああまた明日」


 海乃は笑顔で手を振り虎吉さんの家を後にする。


「じゃあ秋哉、早速晩飯の支度とそこにある服の洗濯、後リビングの掃除を頼む」


 容赦ない虎吉さんの指示で俺は言われた通りに事を進め始めた。


 就寝につくと今日一日のことを思い出す。


 海乃という同年代の女の子と出会ったこと、そして久しぶりに楽しかったという感情があったこと。


 最も後者はもしかしたら最近の出来事で楽しいことがあったのかもしれないが感覚的な部分でそう感じないため、久しぶりだということにしておく。


 ただ今日の出来事も忘れるんだろうな。


 あそこまで自分と正反対な性格の人間と出会えるとは。いつでも笑顔で目一杯物事を楽しんでいる雰囲気があった。


 多分自分に取って苦手なタイプであることは間違い無いのだけれど、海乃はなぜか違う気がする。


「また明日か……」


 俺は一つ寝返りを打ち、明日のことを楽しみに思いながら眠りについた


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