第二話


「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は夏川海乃。海乃でいいわよ」

「俺は春風秋哉。俺も秋哉でいいよ。ところで聞きたいんだけれど、ここは何ていう街なんだ? 目的地なく電車に乗っていたから場所が掴めていないんだけど」

「目的地なくって……何それ変なの」


 海乃は困惑な表情をしながら話を続ける。


「ここは宵浜よ。田舎だけれど都会と比べて空気も澄んでいるし、近くに大きな海もあるわ。一応海は観光名所として有名だし、秋哉君もそれ目当てかなって思ったんだけど違うかったみたいだね」


 辺りを見渡すと都会のような大きなビルや建物がない。電車の窓から見ていた景色と同じような街みたいだ。


「まあ折角だし色々見て回るよ。それじゃあ」


 このままここに長居する理由もなかったので俺は踵を返し移動しようとすると後ろから服の袖をギュッと掴まれた。


「まあまあここで会ったのも何かの縁だし案内するよ?」


 極力一人でいたいと思ったんだけれど、この街の人なら行動を共にするのもありか。


「それじゃあお願いするよ」

「よし! それじゃあ行こう!」


 そう言い海乃は俺の手を取り駆け出した。



 誰かと肩を並べて歩くのはなんだか久しぶりな気がする。もっともそういう経験をしていたとしても記憶がないのでわからない。感覚というのだろうか。うまく説明できないけれど、久しぶりな感じがする。


「結構のどかな街並みだな」

「秋哉君は都会っ子?」

「そうだな。物心ついた頃には大きいビルや建物しかなかったよ」

「いいなあ都会。学校の近辺は賑わっているけれど都会ってほどじゃないし」

「そんなにいいものでもないよ。街はうるさいし、空気は汚いし」

「でもおしゃれな建物はいっぱいあるじゃない」

「まあ遊べる場所は充実しているかな」


 ボーリング場とかカラオケとか、ちょっと電車に乗ればすぐに行けるし。


「遊べるところならここも負けていないわよ……そうだ!」


 海乃は立ち止まりニコッと笑った後……


「いい場所がある」


 そう言い再び俺の手を取り駆け出した。



「ここは川?」


 海乃に連れてこられたのは綺麗な川だった。自分の住んでいる地域ではまず見られない水が澄んだ川だ。


「ここは宵浜市に住んでいる人でも中々知らないマル秘スポットなんだよ。海もいいけどやっぱり川だね」


 しゃがみ込み水を掬う海乃。冷たくて気持ちいいと言い顔を綻ばせていた。


「綺麗だな」


 俺も川に近づきその綺麗さに圧倒される。地面がはっきりと見え、ちらほら魚も泳いでいた。


「秋哉君は魚掴みしたことある?」


 気づけば海乃は裸足になり川の中へ入っていた。


「恐らくやったことが無い人が大半だと思うぞ」


 見ていてと言い、海乃は一匹の魚に狙いを定める。慎重に魚の後ろを取り海乃はそのまま勢いよく魚を鷲掴みにした。


「ほら取れた!」

「なんで取れんだよ」


 笑顔で魚を見せびらかす海乃に呆れた表情を見せる。釣り竿や網なしでこうも簡単に魚が取れるものだと思っても見なかった。


「私魚掴みだけはこの街で一番うまい自信があるわ。まだ誰とも勝負をしたことがないけれど」


 ひょいっと捕まえた魚を離し川に戻す。その後も魚を掴んでは離し、掴んでは離しを繰り返していた。


「何その微妙な特技……」


 俺はその海乃の姿を見て軽く笑う。こんな可愛い子の特技が魚掴みって。


「秋哉君もやってみなよ!」

「いいよ俺はここで見ておくから」

「いいからいいからほら」


 海乃がこちらまでやってきて無理矢理手を引っ張る。


「あっ! おい」


 俺は慌てて裸足になりそのまま川へ両足を突っ込んだ。足元は暑さと打って変わって氷のような冷たさが襲う。


「冷たいっ」

「いい? まずこう静かに魚の背後に回り込むの」


 頼んでもいないのに海乃は魚掴みの説明を勝手に始める。聞いたところでうまくできるかどうか不安だ。


「……そして一気に掴む!」

「おお」

「はいどうぞ」

「はいどうぞって……そんな簡単にできるものか?」


 半信半疑で俺は一匹の魚をターゲットに据える。静かに回り込み海乃の見様見真似で魚を掴んだ。


「……取れた」


 初めて魚を触った感想としては、ヌルヌルして気持ち悪かった。大きさはそんなにないもののずっしりくる感じがした。


「すごい! 秋哉君魚掴みの才能あるよ!」

「ものすごく披露しにくい特技だな」


 俺は魚を離し川に戻す。


「ねえ秋哉君、折角だし勝負しない?」

「勝負?」

「制限時間以内にどっちが多く魚を捕まえられるか勝負しようよ」


 海乃がそう言い俺は怪訝な表情をする。街で一番うまいと言い張る人だ。絶対に勝てると思っているのだろう。


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