第3話
夕日坂学園1-A組、
朝、大好きな先輩のいる教室へ行くと、変な野郎にいきなり怒鳴られ、喧嘩を吹っ掛けられたのだ。相手は自分よりもずっと背が高く、厳つい顔で睨んでくる。
何故、この男はこんなにも自分に敵意を剥き出しにしているのか意味がわからないが、先輩との時間を邪魔されたことをかなり不愉快に感じた。
更に、自分たちを止めに入った女も気に食わない。いつもは地味で暗い感じのくせに……。先輩が見ているから良いところ見せてやろうとでも思ったのだろうか。実に腹立たしい。結局、男に睨みつけられて震えあがって何もできないままお役御免。何がしたかった。
そして、今度はこの男……。
「君、大丈夫?」
「え? あ、はい」
弘大は対峙する二人をよそに栗原に話しかけていた。栗原はジトっとした目で睨みつけるが弘大はお構いなしだ。
「ごめんねぇ。驚かせちゃって。けどアイツ、悪いやつじゃないんだよ」
「はぁ」
そこをどいてくれないと先輩が悪党を蹴散らす様子が見えないじゃないか。栗原は自分の視界を満面の笑みで遮るこの男を一発殴ってやろうかと考えていた。
「ところでさ、君って一年生だよね?」
「はい、そうですが」
「やっぱり? 前から気になってたんだぁ! 君、めちゃタイプなんだけど」
「……は?」
突然の好意に栗原はドキッともせず、ドロッとした殺意が芽生えた。
主人公がチンピラと奮闘する中、隙を見てヒロインの一人を口説こうとするこの男。まさにハーレムアニメの悪の権化である。そんな悪の権化が自分の後ろでヒロインに牙をむいているとも知らずに藤宮は一樹と牽制し合っていた。
「お前、いけ好かねぇんだよ」
一樹がそう言い放つと、藤宮はやれやれと肩を竦めた。こんな奴に好かれても嬉しくもなんともねー、むしろ迷惑だ。
「俺だってアンタみたいなごろつきは嫌いだ。できれば関わりたくないんだけど」
藤宮の背後では別のごろつきが自分のヒロインと関わりを持とうと奮闘している。
「だったら、決着つけようや。ボコボコにしてやっからよ」
「いいよ。それで、お前の気が済むのならな」
藤宮はさぁやれと両腕を広げて、自分は抵抗しないことを一樹に示し、今朝の彼とはまるで別人のような真剣な顔をむけた。その表情に一点の曇りもない。
「だけど、その代わり……。クラスのみんなを怖がらせるような真似は」
藤宮がそこまで言い切った時だった。
「はいはい。二人ともそこまで」
一人の青年の乱入により藤宮の決死の覚悟が崩れ落ちた。青年は二人の殺気立った視線など意に介さず、にっこりと微笑んでいる。しかし、その目は死人のように冷たく、瞳の奥に光などなかった。
藤宮と一樹は青年の不気味な表情に圧され、喧嘩の勢いは完全に静止した。
……主人公の見せ場を奪い去るムードクラッシャーなこの男。
檜山千秋は二人がこれ以上揉めないだろうということを察すると、藤宮の背後で怯える水上に近づいた。
「怖がらせちゃったね。だけど、もう大丈夫だよ」
水上は小さく頷くと顔を上げた。優しく話しかける青年の清潔感のある亜麻色の髪は彼の動作に合わせて緩やかに揺らぎ、それに包まれる顔は誰もが認める希代のイケメン。おまけに眩しいほどの暖かい笑顔で自分を気遣ってくれている。水上の目には千秋が絵本に出てくる白馬の王子様のように映った。
恥ずかしさやらなんやらで心が一気に沸騰した水上はとうとう膝から崩れ落ちた。
千秋は驚きながらも、とっさの判断で彼女の背中に手をまわしてなんとか体を支えた。
「ちょ! ちょっと!? 水上さん!?」
「も、もう……勘弁してくださいぃ」
追い打ちをかけるかのような千秋の行動に水上の心臓は吹っ飛びそうになった。イケメンの腕に抱えられる水上の意識が本当に消失するのも時間の問題である。
一方で千秋は最悪、意識を失って倒れこんだ場合の対応について頭をフル回転させシミュレーションしていた。声かけ、気道確保etc……。紛れもなく救命処置である。
「おっはよ~!」
教室がカオスな展開になっていることも知らず、一人の女の子が元気に登校してきた。彼女は誰からのおはようの返事も返されないのを妙に思いながら賢治の元へ近づく。
「みんな、どうかしたの?」
「いや……結構、どうかしてる」
賢治は苦笑交じりに彼女の問いかけに答えた。
「ふ~ん」
女の子はまじまじと教室を見回した。
あ、なるほど!!
「そっか、さっそくみんなと友達になれたんだねっ!」
「掴みはバッチリだなぁ……」
もう、何か面倒くさい。賢治は的外れな女の子の言動を正す気力もなかった。
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