第2話
教室の一番後ろの席。そこにはガタガタと足を揺する如何にも不機嫌そうな男が腰掛けていた。眉の上に掛かるくらいの前髪、それとは対照的な首元まである長い襟足、制服ごしでもわかる屈強な身体。
見るからに人をおつまみ感覚でパシリ扱いし、暴君の如く弱者を苦しめそうな容姿をしたこの男。名前は
「うるせぇ……」
一樹は大声で藤宮に説教する瀬川の声が気に入らなかった。
そして、それに同調し更に追い打ちをかける他の女の子達も耳障りこの上ない。
一人の男を囲んだ女の子たちが戯れる。一見してラブコメでは日常茶飯事な場面ではあるが、一樹はそれを見て頬を緩めるような人種ではない。むしろ、今すぐにでも怒鳴りつけて教室から追い出したいくらいである。
しかし、彼女たちはとりわけ大きな声でお喋りを楽しんでいるわけではなかった。
この教室の生徒たちが皆静かすぎるのである。彼らは藤宮たちの恋の行く末に少なからず興味があり、藤宮たちの会話が自分たちの声で聞こえないことを防ぐため、会話は内緒話程度の音量に控えていたのだ。それ故、彼女らの声は相対的に大きく一樹に聞こえるのである。
「センパ~イ☆ おっはようございま~す!」
教室のドアが勢い良く開き、ズドンと大きな音を立てた。
「かわいい!かわいい!後輩のあやちゃんが会いにきましたよぉ!」
教室に入ってきたのはこれまた喧しい女の子。瀬川のそれとは比べ物にならない程のキンキンした高い声を教室中に響かせた。おまけに彼女の周りには大量のハートマークのエフェクトが飛び回っている。
――――一樹の堪忍袋の緒は完全にブチ切れた。
「朝からピーピーうるせぇんだよ!殺すぞ!てめぇ!」
教室は、一樹の野太い怒号を境に一気に静まり返った。
いきなりの罵声に女の子は目を丸くしている。しかし、余程肝が据わっているのか怯えるような素振りは一切見せない。
一樹の剣幕に教室の生徒たちは委縮し、誰も二人の間に割って入ろうとはしなかった。二人は互いに手が出せる距離まで近づいている。今は睨み合っているだけだが、この一触即発の状況が爆発すればどちらが倒れるかなど言うに及ばない。
「あ、あの……」
凍り付いた教室で、最初に口を開いたのは一樹でも一樹と睨み合う女の子でもなかった。
身体を震わせながら一歩ずつゆっくりと一樹へ近づく声の主。それは、弘大が雨音ちゃんと呼んでいた女の子であった。
「あぁ? なんだテメェ」
一樹は怯えながらも勇敢に立ち向かう黒髪少女を容赦なく睨みつけた。
「文句あんなら、はっきり言えよ」
「い、いえ……ごめんなさい」
女の子は目に涙を浮かべながら一樹から視線を逸らした。
怯える1年生を何とかして助けてあげなくてはと勇気を出したものの、その勇気も一樹の鋭い目を見て一気に尽きてしまった。怖くて足に力が入らず、ここから逃げるどころか座り込んでしまいそうだ。
やれやれと呟いて藤宮は席を立ちあがった。面倒事には首を突っ込みたくないが、女の子が危険に晒されているというのなら話は別だ。しかも、あの黒髪少女――
「おい! そんな言い方ないだろ!」
藤宮は一樹にそう言い放つと水上と後輩を庇うような形で一樹の間に割って入った。
「……おぉ、やるか?」
何だコイツ、ヒーロー気取りかよ。
一樹は怯える少女たちを背に立つ藤宮を見て、それじゃぁ、俺は悪役気取りかと自身を笑った。紛れもなく藤宮は
「おぉ、主人公が動いた」
弘大は面白い展開になってきたと楽しそうに一樹と藤宮を眺めているが、賢治は止めるべきではないかと思っていた。
いくら主人公だからってさすがに一樹を相手にして無事に済むわけがないだろ。一樹が喧嘩しているのを見たことあるわけじゃないが。
「大丈夫か? アイツ」
「大丈夫じゃない?ほら、何かいい感じにチンピラキャラになってるし」
あぁ、確かにドラマやアニメにありそうな展開だ。チンピラに絡まれるヒロイン、
そこへ主人公が颯爽と登場してチンピラ共を一網打尽にするという……。
賢治はそれなら大丈夫かと納得したが、いやいや、暴力沙汰の時点でアウトだろとすぐに弘大の意見を取り下げた。
「おい、石田。柴野を止めるのお前も手伝え」
藤宮だけに任せるより、見知った人間が止めに入る方が幾分かマシだろう。それに万が一、一樹が暴れようとも男三人がかりでなら何とかなるかもしれないと賢治は考えた。しかし、弘大の返事がない。
「って、聞いてんのかよ」
賢治は首を横に向けたが、隣に居たはずの弘大の姿はなかった。
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