1-11

「ふぅ、いやぁ今回もきつかったなぁ」

 大きく息を吐きながら伊藤はリロードを行い、周囲を見回す。

 だだっ広い空間に、残っているのは蜘蛛女の巨大な死体と伊藤だけ。

「しっかしこれからどうすりゃいいんだ? あの扉から出てって終わり……なのか? …………ん?」

 その時、彼は何かを感じ取った。

 ふと彼が上を見上げたところで――

 

 空間が、揺れ始めた。

 

「っ!? な、なんだ!?」

 巨大地震のように揺れ始めた空間の中、伊藤は驚愕し、そしてある可能性に思い至る。

「まさか――檻の中が空になったから檻も必要なくなったってことか!?」

 その推理を裏付けるかのように、先ほど入ってきた通路の方から崩落音が響いてくる。

「くっそまったこんな展開かよちくしょうめ!」

 カスタムガバメントをホルスターに収めて、伊藤は扉目がけて走り出した。

 いつの間にか完全に開いていた扉の向こう、光が溢れるその先へと彼は躊躇なく飛び込んでいく。

 

 彼は振り返らなかった。

 故に、知らなかった。

 どこから現れたのか、鎧武者たちが一列に並んでいる。

 そして彼らは、扉に向けて頭を下げた。

 

 崩落が、全てを飲み込んでいく――

 

 

 

 

 

「なるほど」

 机と椅子と、巨大な鏡が置かれた部屋で、椅子に座ったスーツ姿の眼鏡男はそう呟いた。

 彼の反対側には、伊藤が座っている。

 そして二人とも知っていることだが、鏡――マジックミラー――の向こう側では、撮影機材が並んでいた。

 眼鏡の男が口を開く。

「つまり、化け物に呼び寄せられて、知らず知らずそれを封印していた守護者を全滅させて、危うく化け物をこの世に解き放ちかねないところだった、と」

「待って待って、ちゃんと化け物は倒したよ?」

「そういう問題ではないですね」

 伊藤の反論を、眼鏡の男はあっさり切り捨てる。

「危うく、大惨事を引き起こしかねないところだった、そういうことですね?」

「うぅ……あぁ、はい、そうです、すみませんでした」

「まぁ、今回はよしとしておきましょう」

 眼鏡のズレをクイッと直して、男は頷く。

 それを見て、伊藤は安堵のため息を吐こうとした。

「ですが、」

 しかし続けられた言葉に、ため息が途中で止まる。

「今回の件でのボーナスはナシとなります。民間人は誰も囚われていなかったわけですから。不幸中の幸いと言いますか」

「俺にとっては幸い中の不幸だぁ……」

 そう言いながら伊藤は机に突っ伏す。

 その様子を見て、眼鏡の男は立ち上がった。

「ですが、興味深い話を聞けたので『体験談の買取価格』はいつもどおりお支払いしましょう。弾代くらいにはなるでしょう」

「それこそ不幸中の幸いってところだなぁ……」

 突っ伏したままそんなことを言う伊藤を気にせず、眼鏡の男は部屋を出て行こうとする。

 と、扉の前で立ち止まって眼鏡の男は振り向いた。

「伊藤さん」

「ん?」

 突っ伏していた顔を上げる伊藤。

 スーツの男は、ただ一言だけ言った。

「お疲れ様でした」

 そして、部屋を出ていく。

 後に残された伊藤は、大きく伸びをして関節を鳴らした。

「ま、こんなところか」

 

 

 

 こうして、古谷の“いつもの”体験は終わりを告げた。

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