第二章 口裂け女? 蜂の巣にしてやんよ

2-1

 朝、某マンションの一室。

 伊藤はベッドの中、うつ伏せで眠っている。その顔はなぜか笑っていて、時おり寝言らしきものも呟いている。

 外では鳥が涼やかに鳴いているが、その程度では彼の安眠を妨げられないようだ。

 と、どこからともなくクラシック音楽が流れてきて――

「ライム色した化け物め! ここで会ったが――」

 そう叫びながら伊藤はベッドから跳ねるようにして飛び起きた。

「――百年目…………ん?」

 ベッドの上、膝立ちの姿勢で周囲を見回す伊藤。ついでに頬をぎゅっとつねってみて、そこでようやく自分が今まで体験してきたことが夢であることを実感し、盛大にため息を吐いた。

「なんだ……夢かよ」

 時にはその夢が現実だったこともあるのだが、そんなことを言っていたらキリがない。

 それでも一応夢が現実だった場合のことを考えて、「夢の中で見た物品が現実に現れていてないか」周囲を確認し、ようやく夢だと納得できたのか伊藤は小さく舌打ちした。

「はぁ……あの野郎、今度会ったらどたまに九ミリ弾ぶち込んでやる……」

 そんな物騒なことを呟きながら、伊藤は――寝間着ではなく普通の服を着ていた――左ポケットからスマホを取り出し、アラームとして流れていたクラシック音楽を止めた。そして靴を履いたままの足をベッドから下ろし、大きく伸びをする。

「んんぅ……ん、良い朝だ。これであの野郎さえ殺せてりゃなぁ」

 そんなことを言いながら、伊藤は着替え始める。

 ブラクホークCQBリガーベルトから拳銃――カスタムガバメント――が収まったブラックホークスタンダードCQCホルスターと四本のシングルマグケースを外し、机の上に置く。さらにスマホと財布も取り出して、服を脱ぐ。

 その身体は細身ながら筋肉質で、いくつもの古い傷跡がうっすらと残っていた。切創、刺創、銃創など、いくつもあった。

 服を着替えた伊藤は、スマホを左ポケットに、財布を右ポケットに収めると、机の前の椅子に座った。そしてマグケースから弾倉を取り出し、カスタムガバメントからも弾倉を取り出した後スライドを引いて初弾を排出する。さらに弾倉から一発ずつ弾を抜いていって、計四十一発のフェデラルタクティカルHST+P弾が机の上に並んだ。

 それをまた弾倉に戻していき、満杯になった弾倉をマグケースに収める。最後の弾倉はカスタムガバメントに収めてスライドを引き初弾を装填、そしてもう一度弾倉を抜いて減った一発を補充してグリップに戻し、セーフティをかけてからホルスターに収める。

 ホルスターとマグケースを腰に取り付けて服の裾で隠し、ようやく一日を無事に過ごすための彼の準備は完了した。

 ちょうどよく、彼の腹部から小さいが確かな音が鳴る。

「腹減ったな……朝飯食うか」

 備え付けのキッチンに向かった彼は、冷蔵庫の扉を開けて中身を確認する。保存の効く食べ物などが雑多に放り込まれているのをひとしきり眺めた彼だったが、なんとなく気に入らなかったのかそのまま扉を閉めた。

「ま、金はあるしな。外で食うべ」

 思い立ったが吉日、靴音を立てながら玄関へと向かい、解錠して扉を開く。

 そのまま外に出た彼は、大きく伸びをした。

 涼しい風が吹いており、太陽は眩しい。

 左手でひさしを作りながら、伊藤は空を見上げる。雲も少ない青い空がそこには広がっていた。

「やんなるくらいにいい天気だぜ」

 

 

 

 同時刻、高高度。

 単発のターボファンエンジンを搭載した無人偵察機――RQ-4グローバルホークが巡航飛行を行っていた。

 大型でのっぺりした戦闘機のような巨体だが、武装は搭載されていない。その代わりに、偵察・監視飛行のためにそのペイロードは使われている。

 各種光学機器や合成開口レーダーを備えたその機体は、贅沢なことにたった一人――伊藤の監視のために飛んでいる。

 マンションを出て行くその姿を捉えたグローバルホークは、衛星を介してその映像をとある場所へと送っていた。

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