1-3

 その音に振り向いて、女子高生は「ひぃっ」と短い悲鳴を上げた。

 その音に振り向いて、伊藤は「うわぁっ」と醒めた目をした。

 鎧兜に籠手を着込み、腰には刀を下げたまさしく『鎧武者』としかいえない存在がそこに立っていた。

 十数メートルほどの距離をあけて、伊藤と鎧武者が相対する。女子高生はそんな伊藤の背中に隠れて縮こまるようにしていた。

 鎧武者の目は兜に隠れて見えない。だが伊藤はその目の奥に深淵よりも暗い闇を見たような気がした。

 どこに存在しているかも分からない異常な空間で、普段着の男女と鎧武者がにらみ合っているという異常な状況。だが伊藤には、この非日常的な空間には鎧武者の方が似合っている気がした。

 果たしてそんな悠長なことを考えている余裕はあったのか。

 ゆっくりと、鎧武者が腰の刀に右手をかける。

 それに対して伊藤は、ゆっくりと、鎧武者を刺激しないように両手を挙げた。いわゆる敵意は無いということを示すためのポーズだ。

 そして口を開く。

「言葉、通じる? というか喋れる? なんだったら話すんじゃなくて頷くだけでもいいんだけど」

 どこまでも落ち着いたその口調に、驚いたのは女子高生だった。

 「お前は何を言ってるんだ?」とでも言いたげな視線を伊藤に向ける。彼女の前に立っている伊藤はそんな視線が向けられているなどとは露知らずだったが。

 一方の鎧武者も、驚いているのかどうなのか定かではないが、その手を止める。

 だがそれでは言葉が通じたのか、単によく分からない存在が“鳴き声”を発したと思われたのか分からないので、伊藤はさらに続ける。

「いやさ、寝てたら急にこんな場所に来ちゃったんだよ。だから状況が全く分かってなくてさ、できればそこらへんを教えてくれると――」

 ただ一つだけ言えることは、その鎧武者は友好的な存在ではなかったということ。

 それを鎧武者は、刀を抜くことで教えてきた。

 正眼に構えられた刀に、伊藤は言葉を切る。代わりに、その口角が釣り上がった。

「そうそう、そうこなくっちゃ。これだから面白いんだよ」

 そして彼は右手を突き出し、

「Fuck you!」

 中指を思いっきり突き上げた。

 突然の行為に、女子高生は目を丸くする。

 果たしてそれが通じたのか否か――鎧武者が走りこんでくる。

「ひぃっ!?」

 丸腰の人間と鎧武者、その二人の対決がどういう結果を招くかは明白だ。それゆえに女子高生は縮こまって悲鳴を上げた。

 だがそんな未来予測に付き合ってやる義理など伊藤にはないし、そもそも彼女は状況認識を間違っていた。

 

 

 

 伊藤は、丸腰ではない。

 

 

 

 向かってくる鎧武者に対して、伊藤は女子高生とは対照的にどこまでも落ち着いていた。

 素早くファックポーズを解除し、右手を下げて服の裾を払うように後ろへと押しやる。

 払われた服の裾、その下から明らかにその場には似つかわしくない物体が姿を現す。

 ブラックホーク製スタンダードCQCホルスター。

 ロック機構のついていないシンプルなホルスターから素早く拳銃を抜き出す。

 拳銃――カスタムガバメント。

 それを抜き出した右手を腰の前に持ってくるようにして――いきなり伊藤は発砲した。狙いもろくにつけられないヒップシュートスタイルだが、銃口から飛び出したフェデラルタクティカルHST+P230グレインの弾丸は見事に鎧武者のどてっぱらに命中する。

「……!?」

 声は出さなかったが突然の攻撃に鎧武者は驚愕したようで、走るのを止めて自らの腹を見下ろした。

 その体勢は、伊藤にとってとても“望ましい”ものだった。

「Go to Hell!」

 ヒップシュートスタイルからアイソセレススタンスに移行した伊藤は、しっかりと狙いをつけて二発目を発砲。

 その弾丸は、ハッと顔を上げた鎧武者の顔面、その鼻っ柱に命中した。

「……! …………」

 しばし呆けたように立ち尽くしていた鎧武者だったが、そのまま前のめりになって――倒れ伏した。

 

「え、えぇ、えぇ……?」

 刀を構えた鎧武者をあっさり拳銃で無力化した青年に、女子高生は何を言っていいか分からない様子で戸惑いの声を出す。

 一方の伊藤は、銃口を倒れた鎧武者に向けたまま、スタスタと近づいていく。そして倒れた時に手から離れた刀を遠くに蹴りやってから、鎧武者の身体を観察する。

 鎧武者は全く動かないが、それよりも彼が気になったのは、鎧武者の身体に開いた二つの銃創から血が流れ出ていないことだった。

「ふむ、今回は人型の化け物タイプか。単純にタイムスリップしたとかそういうわけじゃないみたいだな」

「え、え? いまなんて?」

 どこまでも落ち着いた口調でそんなことを呟く伊藤に、女子高生は戸惑いを深める。

 と、伊藤が彼女を呼び寄せるように左手で手招きをした。頭の上にハテナマークを浮かべながらも彼女はそれに従う。

「ごめん、ちょっとそこの刀拾ってくれる?」

「は? は、はい……」

 言われたとおりに女子高生は刀を持ち上げる。

 その何気ない動作をじっくり観察してから、伊藤は小さく呟いた。

「よし、呪われたりはしてないな」

「え?」

「いやなんでも」

 そう言いながら、伊藤は腰のホルスターにカスタムガバメントを収めて、女子高生から刀を受け取った。右手に持った状態で少し刀を振り回して、重心を確かめる。

「うん、いい具合だ。それじゃ行こうか」

 まるで散歩にでも誘うかのような気軽な口調でそう言うと、伊藤は歩き出した。

「え、え、えぇ?」

 女子高生は戸惑いを顕わにする。

 だが少し行った先で振り向いた伊藤が「置いてくぞ?」と言うと、慌てて走り出した。

 後には倒れた鎧武者だけが残された。

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