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Subject Re24: 無題


佳宏さん  

名古屋に出張したとき、少し時間はある?

もしもあれば、愛知県図書館に行ってみて。

名古屋駅からバスですぐ。

とてもきれいで広いの。市民自慢の図書館よ。

(東京の方がもっと大きくてりっぱな図書館があるのかしら)

5階にはスガキヤがあって、眺めもいいので、眺望を楽しみながらラーメンを食べるのもいいかも。

実は私は今日行ってきて、ちょっとしたいたずらをしてきたの。

本当はいけないことなんだけど・・・。

4階の自然科学コーナー、棚14の「恐竜絶滅と隕石」という本の77ページに、今日(2015年8月2日)の新聞の切り抜きを、トレーシングペーパーに挟んで閉じてきたの。この本を探してみて。

この2年の間に借りた人や、職員の人が気が付いて、抜いてしまうかもしれないけど。

というか、その可能性の方が高いけど。

ただ、2年経っても図書館とその本はきっとあると思うので。




Subject Re25: 無題


ユカさん  


面白いね。ひとりだし、時間が作れたら行ってみるよ。

出張は明後日、4日の金曜日だから、仕事が早く終われば大丈夫。

東京の図書館といっても、俺は滅多にいかない。

近所のはワンフロアでわりと小さめだよ。

スガキヤってアルミのなべに入ったうどんじゃないの? ラーメン屋?

図書館に入っているって、なんだか意外な気がするよ。



Subject Re26: 無題


佳宏さん   

スガキヤって東京にはないんだ・・・。

名古屋のいたるところにあるといっても過言じゃないチェーン店。

いわゆるソウルフード?

安くておいしいわよ。



Subject Re27: 無題


ユカさん   


名古屋はめちゃくちゃ暑かったよ。

スガキヤのラーメンも食べた。トンコツぽいスープが美味しかった。

あのスプーンは使いにくいけど。


えっと不思議体験の報告から。

君の挟んでくれた切り抜き、あったよ。

2年間、誰も気が付かなかったのか、そのままになっているだけなのかわからないけど。

2015年8月2日、毎度新聞、スポーツ欄。

君のメッセージが添えられていたよ。初めて君の筆跡を見た。女性らしいきれいな字だね。

で、不思議なのがここから。

ふと思いついて、新聞コーナーでこの日の毎度新聞のこのページを検索して閲覧した。

すると違うんだ。載っている記事は一緒だけど、昨日の試合結果が違う。

君の切り抜きでは、阪神は負けてるけど、閲覧した記事では勝っている。

そしてDeNA-中日は雨で中止になっているけど、ちゃんと試合があって中日が勝っているよ。

この日の天気を検索してみたけど、横浜は一日晴天だった。

どういうことなんだろうね?



Subject Re28: 無題


佳宏さん


新聞とメッセージ届いたのね。

それも含めて、内容が違うのは本当に不思議。

わけがわからないわ。



Subject Re29: 無題


ユカさん    


君とメールを交わせること自体が不可思議なわけだから、多少出来事が変わってもいいのかな?

もしかすると君の未来が、そのまま俺の世界ではないのかもしれない。

SFでいうパラレルワールドってやつかも?

帰りの新幹線で色々考えて、PCではなくスマホから君のアドレスに送ってみたんだ。

そうしたらエラーで戻ってきた。

仕事用のPCで確かめるわけにはいかないけど、俺の自宅のPCからしか君にメールが送れないのかもしれない。

俺の世界では、君のメルアドは実在しないのかもしれないと、今頃気が付いた。




________________________


 この世界にいないかもしれない人とメールを交わして、色々な話ができる。なのにどうして、この世界にいる思う人と会うこともできないのだろう。

 舞子は、病院を家庭の事情だと突然、退職した中崎のことを考えていた。中崎が検査結果を「入力ミスした」患者は中崎の妻の恋人だった。何かで偶然それを知った中崎は、検査員としてやってはいけないことをした。そして舞子が、誰にも言わず書き直したことに中崎は気が付いたのだった。

 彼が辞める数日前、舞子は中崎に呼ばれて屋上へ行った。


「どうしてどこにも報告しなかった」

「単純なミスだと思って」

「どうして僕の検査シートを見たの」

「それは・・・」

 舞子が上司で妻帯者である中崎に寄せていたほのかな思い。悟られたくはなかった。

「僕を軽蔑するだろ」

 舞子は首を振った。

「ミスなんですよね」

 中崎はうっすらと笑いを浮かべた。

「人間としても技術者としても失格だよな。もうここでみんなのリーダーはできないよ」

「辞めないでください」

「君のおかげで、懲戒免職にならずにすんだけど、さすがにもう続けられないよ。でも卑怯とは思うけど、自分から申し出る勇気はない。もちろん君が告発するのは止められないけど」

 舞子が惹かれた、良く通る優しい声で、中崎は淡々と語った。

「君は優秀で思いやりもある。いい部下だった。・・・ありがとう」

 舞子はもう一度首を振った。

「こんな風に君をほめるのも卑怯だよなあ。でもさっきのありがとうは、君のおかげで取り返しのつかないことにならずにすんだ、ってことに対してだよ。本当に感謝している」

 どうすればよかったのだろう。最初に気が付いたときに、何気なく「ミス」を指摘していれば?

「これから、どうされるんですか」

「さてね、本当は職種を変えるのがまっとうなんだろうけど、多分他の病院で働くだろうね。妻とは離婚が成立しそうだし、違う土地に行くと思う」

 もう会うこともないだろう、と言っているような気がした。

「わたしも、働きやすかったです。あの」

 誰にでも思い余っての過ちはある、と言いたかった。わたしが支えるから、とも。迷って言葉を濁し、結局伝えることができなかった。立ち尽くす舞子を置いたまま中崎は屋上を去った。

 初めて彼を意識したあの日のように。


 中崎の退職後、一か月ほどして、舞子は思い切って彼にショートメールを送った。アドレスは知らなかったが、職員同士の連絡網で携帯の番号はわかっていた。仕事のことで確認したいと1行目に書き、もし返事があれば会ってほしいと続けるつもりだった。だが、そのメールは配送不能で戻って来た。中崎は番号を変えていたのだ。 

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セノーテの夜 月夜野眼鏡 @Tukiyono-Megane

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