第3話
__________________________________
Subject 無題
ユカさんへ
俺は三十代の前半。というか、俺の世界なら俺たちは同い年だ。
最初のメールでわかるとおり、東京で暮らしている。
仕事は精密機器メーカーのエンジニアだ、と言いたいところだけど、この春から(俺の時間のね)転勤になって、営業の仕事をしている。
慣れない土地で慣れない仕事。
結構めいっている毎日。なんてごめん。君に愚痴を聞かせるつもりはないんだけど。
追伸:俺は嘘はついていないって。君がついているとも思っていないよ。
_____________________________________
この人はどんな人なのかしら。
見知らぬわたしに砕けた調子で、話しかけるようなメールを寄越すひと。
なのに自分の名前も書いていない。
そして過去と未来でメールを交わしているって、本気で思っているのかしら。
まさかね、舞子は突飛な思い付きを否定した。
そういう気分で楽しもうってことよね。乗ってみてもいいかもしれない。
_____________________________________
Subject Re:無題
神戸の彼女からは連絡があった?
想いが通じるといいわね。
わたしは何年も恋をしていないわ。全く出会いがないわけでも、冷めているわけでもないけれど。
ひとりでいることに慣れてしまったのかしら。
ところであなたのことはなんて呼べばいいの。
_____________________________________
_____________________________________
Subject Re2:無題
ユカさん
神戸の彼女、か。
実は俺が東京に転勤になる前に別れた。
正直言うと振られたんだ。
もうすっかり振り切ったつもりでいたけれど、仕事で色々落ち込んでいて、やたら彼女のことばかり考えた。
彼女は意地を張っているんじゃないか、本当はまだ俺を愛しているんじゃないか、そんなことを考えた。
そうじゃないって知っているのに。
未練がましくて、女々しくて自分が嫌になるよ。
だからあのメールが間違って君のところに届いたのは幸運だった。送信したあとひどく後悔したんだ。
さんざ悩んで何度も書き直して、迷った挙句送信したのに、送るんじゃなかったと、あの夜は眠れなかった。
ホントに情けないね。
そうだ、申し遅れたけど俺は佳宏、本名だよ。隠していたわけじゃない。うっかりしていたよ。
_____________________________________
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます