ぐしゃぐしゃ

 今日はデッサンをやります、と図工の先生は言った。デッサンなら去年もやったことがある。去年は煮干しを描いた。

 先生は画用紙を配りだした。それから他に白い紙も配った。今日のモチーフです、と言って渡されたぺらぺらの紙。うちにもたくさんある、ただのコピー用紙だ。

 今年の図工の先生は少しヘンな人だ。面白い先生だけれど、時々、なんじゃこりゃあって言いたくなるようなことをやったり、やらせたりする。

 みんなのところにコピー用紙が回ると、先生は持っていたコピー用紙をぐしゃぐしゃに潰して、「はい、これを描いてください」と笑った。クラスのみんなは、えっ、って少し驚いた声をだしたけれど、すぐにぐしゃぐしゃ、ぐしゃぐしゃ、と紙を潰し出した。だからぼくも適当にぐしゃぐしゃした。

 それから先生は、やっぱりヘンなことを言った。あんまり普通に描かないでください、と。ちょっと気持ち悪い構図で描いてください、とも言った。去年の図工の先生は、デッサンは構図が大事だと言っていた。画用紙の真ん中に見せたいものが描いてある、それが当たり前。それなのに、ちょっと気持ち悪くて普通じゃない構図で描きなさいって言うんだから、やっぱり今年の図工の先生はヘンな人だ。

 先生が何を考えているのかはよくわからないけれど、とりあえず、ぼくはぐしゃぐしゃな紙を画用紙の左側に描き始めた。右側がちょっと空いた、気持ち悪い構図にする予定だ。

 けれども、デッサンというのはなかなか難しい。濃い鉛筆で描き始めるといい、と言われたので2Bの鉛筆を使っているけれど、どんどんもさもさした絵になっていく。これだと、ぐしゃぐしゃな紙というより、汚れた雑巾みたいななにかだ。

 マナー違反だけれど、ぼくはちらりと隣の席の子の絵を見た。上手だった。ぼくが描いたもさもさの雑巾モドキと全然違う、ちゃんとしたぐしゃぐしゃな紙だ。どうしたらあんなにも上手に描けるんだろう。同じユニの鉛筆を使っているはずなのに。

 しばらくぼくが雑巾モドキと格闘していると、先生が「はい、デッサンは一旦おわり」と言った。授業がおわるまであと30分以上あるのに不思議に思っていたら、先生は紙にヘンな形を描いた。そうしたらその紙をくるくる回して「うーん」と悩み、それから点ふたつと二重丸ひとつ描いて、「これはタコさんですね」とやっぱりヘンなことを言った。

「みなさんには、こんな感じに、さっきのデッサンで遊んでもらいます」

 つまり、先生が言いたいことはこうだ。このデッサンに何かを描き足して、ぐしゃぐしゃな紙とは全然違う絵にしてください、と。ちょっと気持ち悪くて普通じゃない構図で描くように言ったのは、このためだったのだ。やっちまった、とぼくは思った。ぼくの絵は少し左に寄っただけの、もさもさした雑巾モドキだ。

 クラスのみんなは画用紙をくるくる回した。隣の席の子もくるくる回した。ぼくも画用紙をくるくる回したけれど、ぼくの絵の中にタコさんはいないらしい。どこまでも雑巾モドキが回るだけだ。けれども、何かを描き足して違う絵にしないといけない。なので、アニメのキャラクターがかぶっていたヘルメットに少し似ている気がしたから、それのマークを描き足して提出した。

 提出した絵は黒板に貼られた。みんな上手だった。名前は画用紙の裏に書いてあるからどれが誰の作品なのかわからないけれど、とにかく上手だった。本当はみんなデッサンなんかやらないで、初めから違う絵を描いていたんじゃないかと思うくらい堂々としていて、チュートハンパにマークの描き足されたぼくのヘルメットは、申し訳なさそうに縮こまって見えた。

 何事もチュートハンパはよくない。本当にそう思った。今度描くときは、もっとヘルメットらしいヘルメットにしてあげよう。本当にそう思った。

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日記帳 ひだり @hidari09

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