日記帳

ひだり

コアラの指人形

 お母さんがコアラの指人形をはめて仕事から帰ってきた。何それ、と聞くと、お客さんからもらった、とお母さんは笑った。コアラが来ている洋服には『I♡Australia』と書かれている。外国人からすると、日本人は実際の年齢よりも子供っぽく見えるらしい。35歳のお母さんでも、まだまだ子供なのだ。

 お母さんはホテルで清掃の仕事をしている。本当だったらぼくよりも早く家に帰れるはずだけれど、職場の人がどんどん仕事を辞めていってしまったので、ほぼ毎日遅くまで残業している。

 お母さんはいつも、肩が痛い、腰が痛い、と帰ってくるたびにあちこちがイタイイタイと言う。そんなに辛かったら他の仕事をすればいいのに、とぼくが言うと、だって普通の仕事をしたくないんだもん、と答えるお母さんはわがままな人だ。ぼくよりもずっと、わがままな人だ。

「今日は音読の宿題が出ているから」

とぼくが音読カードを手渡すと、お母さんはコアラをはめたままそれを受け取った。その指は、ところどころ赤くなっている。

 友達のうちみたいに家にお父さんがいたら、お母さんの指はもっときれいなのかなあ、と時々考える。だけど、お父さんについてお母さんは何も言わないから、ぼくも何も言わない。その代わりに、あとでハンドクリームでも買ってあげようと思う。

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