104 拳聖ファルング
なのこの爺さん? ムキムキマッチョなのに頭の上にウサギの耳がある。そして、何度鑑定で見てもラッシュラビットになっている。
あっ! うさ子が仕掛けた。得意の炎を纏ったパンチだ。爺さん片手で受け止めて捻りあげて投げる。すげぇーな。
うさ子は体を捻ってシュッタっと地面に立った。が、信じられないと言った表情だ。今度はこれまたお得意のピッカと光るキック。爺さん躱して片手で足を跳ね上げた。不味いぞうさ子、逃げ場がない。
俺も内功スキルで氣を纏い爺さんに仕掛ける。うさ子が地面に着くまで時間を稼げれば良い。パワーではなくスピード重視の攻撃だ。もちろん氣は全力で爺さんにぶつけているが、布を叩いているが如く手ごたえがない。内功スキルのレベルが低いのも原因か。
うさ子が爺さんの後ろに降り立ち、目を真っ赤にさせ本気モードに変わった。自分が爺さんの気を引いてる背後から全力の攻撃を加えようとしている。うさ子、ちょっと汚いんじゃないか? と、ふと思ったがそこまでしないと勝てない相手なのかもしれない。
俺も光の精霊を呼び出し爺さんの邪魔をするように頼む。いつものように『是』というくすぐったい想いが伝わってくる。少しでも爺さんの気を引く為、健脚と軽業を織り交ぜながらワザと大げさな動作をみせる。
うさ子の目が光ったと同時に爺さんから距離をとった。
ズッガーンと音と振動が伝わってきた。やったか? あっ、フラグ立てちゃった……。
「ほう。小娘にしては良い突きじゃな」
うさ子の人混み溢れた……もとい、人並み外れた全力の突きを両手で受け止めている。化け物かこの爺さん!?
流石にうさ子も勝てないと思ったらしく。秘奥義獣王転生(ルーク命名)の構えを取った。
もう、俺には成す術無し、うさ子に任せる。
うさ子の周りが揺らぎ始め人の姿をとっていく。
前の時とメンバーが若干変わっている。ビキニアーマーお姉さんが居ない。残念。代わりにローブを纏っているがその上からでもわかるナイスバディなお姉さんが居た。さらにその横にいつぞやの星になった勇者が、こちらを見てサムズアップしている。
今回はどんな戦いぶりを見せてくれるのであろうと思っていたら、爺さんが思わぬ行動にでた。
なんと、白黒コンビの前に膝待ついてしまったではないか。何故?
「これは先代様に奥方様ではございませぬか。お懐かしゅうございます」
まさかの知り合いですか! うさ子も口を開けたままポカーン状態。爺さん達は何か色々話をしてるようなので、戦いは回避されたと考えて良いだろう。
なので星になった勇者の元に行き、前回の事を聞いてみた。
「(ワンダホー! エンデュエンビリーバボォウ! ヒュー!)」
何を言ってるか、ようわからん。
英霊達はみなさん爺さん達の方を向いている。星になった勇者はローブのお姉さんの後ろに移動し手招きしてる。ま、まさか見せてくれるのか……やっぱりあんたは勇者だよ。
勇者は一気にローブを捲し上げた。彫刻のような無駄なお肉がついていない、引き締まったうさ尻尾のある美しいお尻がそこにはあった。ハイレグ? いや、紐パンだ! そう例えるなら桃源郷。
桃源郷のはずだが、そこに居たのは鬼女だったよ……どこからか杖を出し詠唱を始めている。ヤバイ! このままこの勇者と一緒に居ると星になるどころか、塵となって消えてしまう。とっさに勇者から距離を取る。ローブのお姉さんはギロリと自分を一瞬睨むが、標的は勇者のようだ。勇者様逃げてー!
その時の勇者の顔は菩薩の顔だったよ……全ての
ローブのお姉さんの背後に黄金の不死鳥が舞い、杖を勇者に向けると黄金の不死鳥は勇者目掛けて飛んで行く。全てが無に還った……。
ローブのお姉さんはウサギの姿に戻って、こちらを見ながらプンスカ怒りながら消えていった。
「な、何が起きてるんですか!」
「今のなんだよ……人が燃え尽きたぞ」
そう言えばふたりの事忘れてた。
「大丈夫だ、全て問題ない……と思う」
「思う……かよ!」
そんな事言ったって俺だってなにがなんだかわかりません。
さて、どうやら向こうの話も済んだようだ。
「では、あの小娘とあのヒューマンの若造を鍛えれば宜しいのですな」
なんだ、俺も混ざってるのか? って爺さん誰だよ。
英霊達が消えていく。うさ子早く立ち直れ。みんな帰えっちゃうぞ。
爺さんがこちらに歩いて来た。
「なんじゃ、小僧もおったのか」
ムウちゃんの事みたいだな。
「攻撃しといてなんですが、爺さん誰? うさ子の白黒コンビと知り合いみたいだけど?」
「
「うーん。前拳聖が白黒コンビなら、現拳聖は……」
「儂じゃ」
「ですよネー」
強いはずだよ。相手が拳聖じゃあねぇ、勝ち目なんてある訳ない。うさ子がこちらに歩いて来た。ちょっと怒っているのか、怖い顔をしている。
「キュッ!」
「なんじゃ、小娘。文句でもあるのか?」
「キュキュッ!」
「小娘の事情などどうでも良い。それともなにか、小娘は先代様のお言いつけを聞けぬと申すか」
「キュ~」
「ならば儂の言う事を聞け、次代の拳聖は小娘にくれてやる」
「キュッキュ~」
「若造。お前も一緒に鍛えてやる。ありがたく思え」
「はひっ! よろしくお願いします!」
つい、昔見た映画の真似をして跪き三拝してしまった。
『条件をクリアしました。Job陰陽師を任意で進化させるころができます』
「師匠の師匠なら大師父って呼ぶのを聞いた事があるぜ」
ユウ、余計な事言わなくていいから、武俠の世界じゃないんだからな。しかしここでJob進化ですか……。
「 大師父か良い響きじゃな。小僧なかなか良い事を言うではないか。弟子にしてやっても良いぞ」
「うーん。残念だけど良いや。一応、その兄ちゃんに弟子入りしてるし。俺は剣士だ。それに剣の師匠は決めている」
「
「「「老師。よろしくい願いします(キュピッ)」」」
「
うさ子の仏頂面に反して、ファル師匠はとてもご機嫌のようだ。
「この後どうする。死者の都にこのまま行くか?」
「うーん。老師さえ良ければ行きたい」
「私も行きたいです」
「なんじゃ、どこかに行く途中じゃったか?」
ファル師匠に今までの事を語った。
「……と言う訳でファル師匠に攻撃をしました。すみません」
「
ここに三体居るんですけどね、そのうち一体は人の形とってるし……ラッシュラビット族って何なんだろう。今度、聞いてみよう。
「儂は構わんぞ。どこでも寝れるしな」
「ならばお言葉に甘えて、死者の都に行くだけ行きましょう。こいつらに会わせたい人が居るので」
と言う訳で、またパーティーを組み直した。ファル師匠とうさ子は見学、ムウちゃんもパーティーに入っていますよ、ちゃんと。
死者の都に着くまで何度も戦闘を繰り返した。その度にファル師匠から駄目だしが飛んでくる。しまいには、戦闘中だというのに手取り足取りの指導が始まってしまった……。
その熱血指導の為、死者の都に着いたのは真っ暗になってからだった。
取りあえず、弟子ふたりを宿に連れてった。
「コレハルークサマ。ヨクオイデクダサイマシタ」
「このふたりを頼む。飯付きでな。特別扱いは無し。普通に接してくれ」
「承知シマシタ。ソレデハドウゾコチラヘ」
「明日の朝迎えにくるから、夜はログアウトでもして調整してくれ」
「あのぅ……お金はどうしたら?」
「気にするな。ここのオーナーは俺の知り合いだ」
「タダで良いのか! ラッキー!」
二人と別れ宿の外に出る。
「ファル師匠は弟子である私が衣食住を任せて頂きますが、何かご要望はありますか?」
「ふむ。儂は拳聖と言う立場故、色々狙われておるでな、このような場所に長く定住はせんのだ。今回は縁があり、おぬしらを弟子に取ったが、迷惑は掛けられん」
「誰に狙われているかは知りませんが、私のホームは下界から隔絶されているので、たとえ12の魔王であっても簡単に手はだせません」
「ほう。魔王を知っておるのか。若造、貴様何者じゃ?」
「現状、魔王の一体と事を構えています。この国のゾディアックとも仲は良くありません。では、その実態は……只のプレイヤーですよ」
「只のプレイヤーか……
ファル師匠を連れ降魔神殿に転移する。
「ここは、どこじゃ?」
「
うさ子はファル師匠を無視してさくらの部屋にさっさと戻って行く。
「流石に、その格好でみんなに会わせる訳にはいきませんね」
「何故じゃ? 儂は気にせんぞ」
「ファル師匠が気にしなくても、皆が気にします。余りにも汚れていますので、風呂に入って綺麗になってさっぱりして下さい」
「風呂があるのか……久しぶりじゃな」
露天風呂に連れてきた。ルールを一通り教えて入ってもらい、俺はクリスタルの部屋に向かった。
オメガに師匠のサイズを説明して下着と着物を用意させる。着物にしたのは何となくである。後で紹介に来ると言ってクリスタルの部屋を後にし露天風呂に戻る。ついでなので、俺もお盆に徳利とお猪口を持って入る。
「素晴らしい風呂じゃな。生きかえるのう」
「少しお待ちを、更に生きかえるものをお持ちしましたので」
体と頭を洗ってから、ファル師匠の横につかる。ファル師匠にお猪口を渡し酌をする。徳利の中は日本酒で日向燗。
ファル師匠はお猪口を煽ったまま上を向いている。
「美味い! もう一杯!」
おぉーこの人も吞める口のようだ。さぁさぁ、呑んでください師匠! とは言っても入浴中なので持ってきた分で終わり。ファル師匠は徳利を覗き込んで一滴も逃すまじとしている。どこの吞んべぇですか? さっさと上がりますよ。
やはり着物は着た事がないらしく、最初から着付け方を教える。男の着付けは帯の結び方が面倒な位なので師匠はすぐに覚えた。気に入ってくれたようでなによりだ。
さくらの部屋に戻るとレイア達も戻って来ていた。
「こちら、うさ子と俺の師匠になってもらったファルング師匠です。失礼のないように」
「レイアリーサと申します。レイアとお呼びください。この子は娘のニーニャです」
「ほう。ゾディアックの一族か……」
「現ヴァルゴ オブ ゾディアックの娘ですが、ゾディアックの名は捨てています」
「うさちゃん」
ファル師匠はニーニャを抱き上げた。一瞬、ニーニャが泣きだすかと思ったがニーニャはファル師匠の顎髭に夢中になってる。あんまりやり過ぎないでね。
「
「じーじ」
「
ファル師匠はニコニコしていて気にしてないようで安心した。どうやら、子供好きみたいだ。
「この子はさくら。この子がこのホームの主です」
「ミャ~」
「
「さくらに危害を加える気がなければ、只の可愛い子猫ですよ」
そう言ってファル師匠が抱っこしているニーニャにさくらを渡した。ニーニャはファル師匠にさくらを抱えて見せる。
「じーじ。しゃくら」
「
「ミャー」
ペン太とアルファも紹介したが、いつも通りペン太は足元を走り周り、アルファは軽くお辞儀した程度。
夕食の時間なのでファル師匠に何を食べるか聞いた所、何でも食べるそうだ。ベジタリアンじゃないのね……。
アルファに自分達と同じものを頼むと、今日の夕食は豚肉の生姜焼き定食とニーニャにお子様カレーだった。
この頃はニーニャはひとりで食べる訓練をしている。まあアルファがほとんど付きっきりなんだけどな。そんなニーニャがカレーをスプーンですくいファル師匠に差し出す。
「じーじ」
「なんじゃ、儂にくれるのか……うむ、美味いのう」
ニーニャは満面の笑みを浮かべている。ファル師匠はコリンさんに通ずるものがあるのだろか?
「まさかとは思うが、ニーニャとさくら殿が飲んでおるのはアポンジではあるまいな?」
「アポンジジュースですよ。以前、友人が苦労して取ってきてくれた事がありまして、それを食べたらみんなその美味しさにやられてしまいました。それからはずっとアポンジですよ。ハハハ……」
「アポンジがどれだけ貴重な果物か知らんのか?」
「秘密のルートがあるのでいくらでもありますよ。アルファ、後でファル師匠にデザートにアポンジをお持ちして」
「承りました」
「この食事にしても、この野菜にしても、夢でも見ているのじゃろうか……」
拳聖と言えどやはり他に洩れず、本当に美味いものを知らないようだ。塩や砂糖に香辛料もそれなりに流通はしているのに、美味いものが少ないこの世界の人々、人生の半分以上損してるな。
ファル師匠はデザートのアポンジを見て目を丸くしている。そんな師匠を尻目にニーニャとさくらはアポンジをムシャムシャ食べている。
「食べて良いものなのだろうか? 儂、明日死ぬのかもしれんな……」
ファル師匠はさっきから何かブツブツ言っているが、お気に召さなかったのだろうか?
「ルーク。お願いがあるのですが」
珍しいな。レイアが改まってお願いなんて。
「なに? 必要なものがあるならオメガに言うと良いよ」
「いえ、それは大丈夫です。実はノインスに行きたいのです」
「ノインスには行った事がないね。すぐに行く必要がある?」
「できれば近いうちに行きたいと思っています。孤児院建設の件で商業ギルドと話し合いを持ちたいので」
「わかった。考えてみる。俺が一度ノインスに行っても良いしね」
「お願いします」
「なんじゃ、おぬしら孤児院まで経営しとるのか?」
ファル師匠に今までの事を聞かせる。もちろんニーニャの事も含めてだ。
「成程のう。この国は良くも悪くもゾディアックが支配しておる。王は飾りじゃ。本来ギルドとは中立でなければならぬのに、奴らは自分の言いなりなるよう圧力を加えとる。一番顕著なのがハンターギルドじゃ。国からの依頼は報酬が高い上、多くを占めておるからのう。無理強いされても断れぬ状況に追い込まれとるのじゃろうて」
「最初のうちはファル師匠の言った通りだったと思います」
「今は違うと言うのか?」
「ええ。国が圧力を掛けているのは変わりませんが、断ることができないと悟った幹部はより良い条件で受ける為、賄賂に汚職、更にはその金を稼ぐ為に人身売買までする始末。救いようがありません」
「ならばどうするつもりじゃ?」
「潰します。その為に既に多くの人々が動いています。レイアがやってる孤児院の建設もその一環です」
「ゾディアックを敵に回すつもりか?」
「多くのプレイヤーに、我々に賛同する多くのハンターと手を結んでいます。王都とルグージュのハンターギルドは風前の灯火です。国が後押ししているので何とか体面を保っていますが、実状は火の車ですよ。他の都市にはまだ我々の手が伸びていないせいで止めを刺せませんが、時間の問題です」
「狙われるじゃろうて」
「でしょうね。レイアの両親はゾディアックの要職についていますしね」
「ならば、尚更危険じゃろうて」
「レイアには必ず護衛を付けています。レイア自身も強いですから今の所は問題ありません」
「ゾディアックを舐めとると危険じゃぞ。現に儂とて逃げとる」
「確かに個人対ゾディアックではそうかもしれませんが、我々はプレイヤーです。多くのクランとも手を組んでいます。先のルグージュ防衛戦もほぼプレイヤーのみで解決しました。ゾディアックはいまだにプレイヤーを侮っています。自分達より劣っているとね。その侮りが致命傷になることを、いつかその身をもって知ることでしょう」
「凄い自信じゃな。どこからか出てくるんじゃ?」
「実際に目で見て耳で聞いて触れてみて、ゾディアックはザコだと確信しました。真の脅威は12の魔王の方です」
「……」
その後ファル師匠は何も語らなかった。できれば知っている事を少しでも聞きたかったな。
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