105  可愛い弟子には旅をさせろ

 ファル師匠は押し黙ったままなので気分を変える為、降魔神殿の住人を紹介する事にした


 まずは、クリスタルの部屋に向かいオメガを紹介する。



「お初にお目に掛かります。オメガと申します。以後お見知りおきを」


「私の戦闘スタイルはオメガと訓練して身につけました」


「ふむ。全く隙のない優秀な執事じゃ」


「お褒めに預かり光栄でございます」


「今後、この若造は儂が鍛える。宜しいかな」


「ルーク様はだいぶ腕も上がり、私などより拳聖であらせられるファルング様にご指導して頂くのが最善かと」


ハオ。任せてもらおう」



 ファル師匠に何か必要なものがあれば、オメガに言うように言っといた。ついでに模擬戦闘ができる事を言うと、是非やりたいと言われ一戦だけと約束して対戦した。


 ほんの一瞬だった……オメガの開始合図がでた瞬間、ファル師匠が巨大化する錯覚に襲われ、次の瞬間にはクリスタルの部屋に戻って居た。痛みが全くなかった事にも驚いた。痛みを感じる前に瞬殺されたと言う事だろう。ここまでの差がある事に正直愕然としてしまった。



「ふむ。本当に死なんのじゃな。これは鍛えがいがあると言うものじゃ」



 ヤバイ。オメガ以上のSかもしれない。しっかり扉に鍵を掛けておかないと……。


 デルタの居る大広間に行く途中、予想通りオール達がメイド隊とイチャイチャしていた。



「あれも住人なのか?」


「はい。リッチキングのオールです。元のこのホームの主でした」


「これはあるじ殿、そちらの御仁はどなたですかのう。昔感じた事がある剣呑な気をお持ちですのう」


「こちらは拳聖でファルング様だ。失礼のないようにな」


「成程、拳聖でありましたかのう。昔、我が師ジル様とり合っている所を見た事がありましたが、膝が震えて動く事すら出来なかった覚えがありますのう」


「ほう。その拳聖のご尊名はなんじゃ?」


「名は知らんですが、勇者の仲間のひとりでしたのう」


「アストラーゼ様か……実際にその戦いを見たと申すか?」


「我が師ジル様と互角に戦っておられたのう。その拳聖殿は聖属性を身に纏っていたので、我々弟子達は近寄れませなんだ」


「じゃあ、なんでオールの師匠は戦えたんだ?」


「我が師ジル様は暗黒属性を持っておられたので、聖属性に対抗できたですのう」


「そんな凄いリッチロードでも魔人に瞬殺されたのか……どんだけ危険なんだよ」


「何度も申しますがのう。あれに触れてはなりませぬのう」


「魔人の事まで知っとるのか……何者なんじゃこ奴ら」


「どうかしましたか? ファル師匠」


「いや、伝説の拳聖とはどのような方であったのであろうかと思うてな」


「小さな少女で獣人族の方でしたのう。我が師に負けてもあっけらかんとして、また来るなどと申すような方でしたのう」


「……」


「典型的な脳筋か……」



 何故か、ファル師匠は泣きそうな顔をしていた。



 大広間に来るといつも通りデルタが椅子に座っている。よく長時間じっとしてられるよな。



「ここは化け物ばかりじゃな……」


「デルタ。こちら拳聖のファルング様だ。失礼のないように」


「……拳聖殿か。一度お目に掛かった事がある」


「ほう。どこぞで会った事があるかのう?」


「……昔ルグージュ防衛戦でお会いした」


「ふむ。儂が手を貸した防衛戦となると、魔人が封印される前じゃな。おぬしいくつなんじゃ?」


「……過去は捨てた身」



 ファル師匠って歳いくつ何だろう? デルタと会ってる時には、既に拳聖だったようだし。



「お主とは、一度手合わせしたいのう」


「……まだまだ、研鑽中の身。それで良ければお相手いたしましょう」



 このふたりが本気で戦ったらどうなるんだ? 実に興味深い。是非、対戦する時は拝見させてもらおう。



「外には出れんのじゃろうか?」


「出れますが目立つんじゃありませんか?」


「今まで自然の中で生活してきたからのう、少しは外に出んと気が滅入ると思ってのう」



 転移ゲートの前に来て赤い腕輪をファル師匠に渡した。



「その腕輪を付けた状態でゲートを潜ると、ノインスの北の砦に出ます。今の砦は私達と同盟を組んでいるクランの本拠地ですので、安心してご利用ください」



 実際に砦に行ってみた。既に夜遅いので砦は閑散としている。門の場所をファル師匠に教えて帰ろうとした時、足元にいつの間にかカーちゃんが纏わりついている。



「カーちゃん。まりゅりゅ達まだ居るの?」


「ミュウ」



 居るようなので、ファル師匠を紹介しておこう。カーちゃんの後について行くと事務所に着いた。



「あら、ルーク。こんな時間にどうしたの?」


「あぁー! あの時のおじいさんだー」



 ん? 何だ知り合いか、ひなさん達もなかなか顔が広いな。



ハオ。久しいのう。こんな所で会うとは奇遇じゃな」


「その節はお名前も聞かずに大変失礼しました。クラン【イノセントハーツ】の不肖マスターをしている、ひなさんと申します」


「まりゅりゅだよー。こっちはカーちゃんだよー」


「ファルングと言う。ファルと呼ぶが良い」


「ファルング様は拳聖で、うさ子と俺の師匠になってくださった。砦にも出入りするから失礼のないように頼むよ」


「拳聖ですか……凄い大物が出てきたわね」


「なに、拳聖などと呼ばれとるが、只の耄碌爺じゃよ。畏まる必要などない」


「拳聖と言うのは内密で頼むよ」


「わかったわ。うちのメンバーは構わないでしょう?」


「ダイチ辺りは注意が必要かもな。弟子にしてくれって騒ぐかも」


「デルタさんに弟子入りしたんじゃないの?」


「デルタがそんな事すると思うか?」


「……そうね。注意しとくわ」



 少しの間、ファル師匠とひなさん達はアポンジの話で盛り上がり、その後降魔神殿に帰った。


 ファル師匠には今日明日はゆっくりお休みくださいと言って、客室に案内して別れた。



 レイアのお願いの件でオールの所に来ている。



「何用ですかのう? あるじ殿」


「オールの弟子で転移魔法使える奴はいるか?」


「おりますが、ちと遠出をしており不在ですのう」



 そう言えば弟子達をこの頃見てないな、仕方ない。



「ドラゴントルーパーでここからノインスまでだと、どの位で着く?」


「ふむ。三時間程ですかのう」



 マジっすか……そんなに速いの? ちょっと不安になってきたな。



「その後に俺が乗っても、問題無いか?」


「ドラゴントルーパーでしたら、まず問題ないですのう」



 うむ。聞き方を間違えたな。



「後ろに乗る俺が、耐えられると思うか?」


「……根性があれば行ける。と、思いますのう」


「根性が必要か……あいにく持ち合わせていないんだが」


「ならば鞍に縛り付けておけば、気付いた時はノインスですのう」



 普段から縛りプレイをしているので勘弁して欲しい所だが、レイアの頼みとなるとやるしかないのか?


 考えるのは先に伸ばして一旦ログアウトしよう。



 翌朝、ログインした後、弟子二人を宿に迎えに行った。



「めっちゃ、飯が美味いんですけど!」


「本当にお金払わなくて良いのですか?」


「いいよ。それより紹介したい人が居るから行くよ」



 歩いて数十メートル先の『食い倒れ屋』に来た。



「いらっしゃいませ」


「こんちゃん、お久しー」


「ミャー」


「ルークくんにさくらちゃん、いらっしゃい。そちらの二人は初めてかな?」


「こっちの二人は弟子に取った第五陣プレイヤーです」


「そうか、第五陣が入って来たんですね。ここから余り出ないから世の中の事についていけてないです」


「イノセントハーツの砦が近いから、そこからゲートを使えば良いと思うよ」


「近いと言っても馬車でですよね? 馬車なんか持ってないし」


「馬車位買えるだけのお金はあるでしょうに」


「そうなんですけど、いつも使う訳じゃないから」


「舞姫と共同で買ったら?」


「舞姫は戦闘スキル持ちですから、馬車がなくても好きな所に行けるので……今もイーリルの近くにあるリーゾト地に遊びに行ってますよ」



 あははは……珊瑚に囲まれし島だな。楽しんでくれると良いが、ギャンブルで身を崩しそうな人だから無事に帰って来る事を切に願う。



「夜限定で良ければ、イノセントハーツの砦迄馬の手配をするよ」



 アンデットトルーパーかドラゴントルーパーになるけど。ぐふふ……。



「その時はお願いします」


「了解。所で買い取りお願い。お前達も買い取りしてもらえよ」


「ユウです。お願いします」


「リンネです。よろしくお願いします」



 こんちゃんに素材を渡した。



「俺の分はこいつらに半々に渡して」


「えぇ! 良いのか?」


「そんな、駄目です」


「大した額じゃないし、それで新しい装備を見繕ってもらえ」



 そう言ってこんちゃんを見ると、何故かフリーズしている。フリーズしているがその目は一点を見つめている。



「キュピ?」


「な、何なんですかぁーその子は! いつの間にそんな隠し子を作っていたんですかぁ!」



 人聞きの悪い言い方はよして欲しい。レイアとの間からはラッシュラビットはたぶん生まれないと思うぞ。



「わ、私のテイムした子でムウちゃんです」


「キュピッ!」


 こんちゃんはフリーズから立ち直り、モフラー全開ムウちゃんまっしぐらである。途中からさくらも強制参加され時間だけが過ぎていく。最初に買い取りしてくれないかなぁ。



 リンネとこんちゃんの間でモフモフ談義に花が咲いている。



「いつ終わるんだよ?」


「そう思うなら、お前が言ってこいよ。俺は恨まれたくないからパスな」


「汚ねぇな。自分だけ」



 ユウは仕方ないという顔をしてモフラーの元に行き、話を中断させた。案の定ブーイングの嵐だったな。



「取り敢えず、今の持ってるお金で装備を強化するなら、ユウ君は盾、リンネちゃんはローブかなぁ」



 自分が貸した盾は回収済みである。


 こんちゃんはボーンシールドと、朝露蜘蛛の糸で織られた布から作られた朝露のローブを出してきた。どちらもなかなかの品だ。二人共装備してみているが問題ないようだ。



「毎度ありがとうございました」



 帰り際、リンネはこんちゃんからムウちゃん用のブラシを二本貰ったようだ。こんちゃんは一体幾つ持っているんだ?



「よし、触りだけでも迷宮に挑戦するか」


「おぉ、俺はやるぜ」


「ムウちゃん。頑張ろうね」


「キュピ」



 実は死者の都を改修してから一度も入った事がない。マップスキルがあるから問題ないと思うが、できるだけ二人に任せようと思う。一応、四体の中ボスを倒さないと最後のエリアに入れない事は伝えておいた。


 早速、ゾンビ四体が現れる。



「うげぇ。なんだよあれ、気持ちわりぃ」


「あ、あれを倒すんですか?」


「キュピ……」


「倒すんだよ、お前達で。手は貸すから安心しろ」



 地形操作でゾンビを転がす。



「ほら、チャンスだぞ」



 二人と一匹は顔を見合わせ、仕方ないといった感じで動き始める。



「臭ぇーよ、こいつら!」


「キュピ~」


「ムウちゃん。汚いから触っちゃ駄目!」



 ワイワイガヤガヤと……良いからさっさと倒せよな。


 紆余曲折ののち何とか倒した。



「師匠!」


「何だ?」


「この迷宮は私達には早過ぎます」


「だよな。心の準備ってのが……」


「キュピ」



 ハァ……駄目ですか。始まりの迷宮は今は入れるのかな? そう言やぁ封印作業って終わったのか? いっその事、珊瑚に囲まれし島に行くか? あそこの迷宮は初心者向けだからな。



「わかった。君達にはこの迷宮はハードルが高過ぎたようだ。仕方ない目的地を変えよう」



 二人にふたつの道を示す。ルグージュからイーリルに行く道、ルグージュからノインスに行く道、こちらは砦からノインスに行っても良いがエリアボスを倒した方が報酬が貰えるからだ。



「どっちにする?」


「イーリルに一票」


「じゃあ、私もイーリルに一票」


「キュピッ!」


「了解だ。ルグージュ迄は送ってやる。そこからは二人で行くか臨時パーティーを組んで行くと良い」


「師匠は一緒に行ってくれないんですか?」


「俺は既にイーリルに行ってるからな、行くまでの時間がもったいない」


「俺達だけでも大丈夫か?」


「そのレベルなら余裕だろう。イーリルの近くに迷宮があるから着いたら連絡をくれ」


「わかりました」



 転移魔法でルグージュに飛んだ。



「その魔法便利だな」


「道具屋に転移石が売ってるから買っとけ。安全石とテントも忘れるな。門を通るのに許可証も必要になるからな」


「足りないかも……」


「それなら孤児院に行って依頼を受けて稼ぐんだな」


「孤児院で依頼が受けれるのですか?」


「ああ、多くのクランが協賛して依頼を出している」


「じゃあ、じゃんじゃん稼せごうぜ」


「頑張れよ。ひとつ助言をしてやろう。NPCと仲良くしろ、クエストが発生する可能性があるぞ」


「パーティーに入ってもらうのではなくですか?」


「確かにNPCとパーティーを組むとクエストが発生し易いと聞く。だがそれ以外の街の人々と仲良くなってもクエストが発生する。こっちの方が報酬が良い」


「でもどうやってクエストが発生するんだ」


「NPCには親密度と言うのがあってな、それが高くなると発生し易くなると言われている」



 Job詐欺師の事を話しても良いが自分達で試行錯誤して頑張れ。



「任せろ! コミュニケーションの天才ユウ様に掛かれば親密度などバンバン上げて、どんどんクエストクリアしてウハウハになってやるぜ!」



 良いかユウよ。そう言うのを捕らぬ狸の皮算用って言うんだよ。やれるもんなら先ず一つでもクリアしてみてから言え。


 当分の間ルグージュでの活動報告になるだろうから、宿は穴熊親父の山小屋を紹介しておく。取り敢えず孤児院に行くか。


 孤児院に着くとマイエンジェルが走って来た。



「にーに! しゃくりゃ!」


「ミャー」



 ニーニャをしっかりと受け止めてあげ、抱き上げた。ニーニャが居るって事はレイアも居るって事だな。ついでにうさ子とペン太も。


 孤児院に併設されている建物に入ると、多くのプレイヤーが居た。みんなニュービーのようだ。


 ある一角が人だかりになっている。ウサギの耳が見え隠れしている所を見ると、うさ子とペン太がモフられているんだろう。ここにも、もう一匹居るぞ。



「キュピ?」



 さくらと謎のボディーコミュニケーションを取っていたニーニャが、ムウちゃんを見つけシッポをブンブン振っている。



「ムウちゃんって言ってな、リンネのテイムした子だよ」


「むーちゃん」



 ムウちゃんの所にニーニャを降ろしてやると。ヒシッとムウちゃんにしがみつく。



「ニーニャちゃんとムウちゃんもこれで仲良しだね」



 ムウちゃんはニーニャに耳を引っ張れたりして、嫌がっているようだ。すると徐にうさ子が近寄ってきて、ムウちゃんに拳骨を喰らわせる。



「キュッ!」


「キュピ~」



 ニーニャはムウちゃんからうさ子に抱き着くのを代える。うさ子は微動だにしない。流石うさ子姐さん、態度で示すか……大人だな。周りのプレイヤー達もその姿に微笑んでいる。


 ニーニャはうさ子に任せて良いだろう。



「後は大丈夫か? 何かあった時はメールしろ」


「おう。任せとけ」


「向こうに着いたら連絡します」



 どちらかと言うとユウの方が心配だな。まあ楽しくやってくれ失敗しても死に戻るだけだ。


 二人に手を上げ事務所の奥に入って行く。



「やっぱりルークでしたか。ニーニャがにーにと言って外に走って行ったので、そうじゃないかと思っていました」



 レイアは微笑みながら言っているが、ニーニャはいつ気付いたんだろう? こちらに走って来る前から気付いていた事になる。ニーニャは超感覚でも持ってるのかな?



「忙しそうだね。人は足りてる?」


「孤児院の方は問題ありませんが、こちらの方が少し手が足りません。ですが近いうちに、ガレディア様が受付嬢を派遣してくれる事になってます」


「ガレディアにしては手際が良すぎるな。レミカさん辺りが手を打ってくれたかな?」


「ウフフ。そうですね。聞いた話では、ハンターギルドの受付嬢がだいぶ解雇されたようです。その人達の受け皿になっているのかも知れません」


「レイアに頼まれてたノインスの件だけど、今日の夜に移動しようと思ってる。なので明日以降なら連れて行けると思う」


「無理はしないでくださいね」


「大丈夫と言いたい所だが、今回は無理を承知でやるつもりだ」


「ノインスに行くのはそれ程大変なのでしょうか……」


「違うんだ、レイア。最短時間に挑戦する予定なんだよ」



 レイアにオールと話した事を聞かせた。



「危険はないのですか」


「危険は……ドラゴントルーパーから落竜する事かな。アハハハ」



 やってやるよ! 代わってくれるなら代わって欲しいけどな……。


 夜迄の時間はここでレイアの仕事を手伝う事にした。



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